第21話 出発

ピョオオッ

この森にいる鳥が変な鳴き声を響かせている。

うるさいなあ。

ヒロはゆっくりと目を開けた。

テント内の明るさからしてまだ早朝だろう。

もう一度目を瞑り寝ようと試みるが、鳥の鳴き声に意識を持っていかれる。


ヒロはため息をつくと、二度寝を諦めた。

両隣で寝ている二柱を起こさないようにそっと起き上がる。

しかし、何かが服につっかえた。


「んんっ」

見るとヨウちゃんがヒロの服を掴んでいた。

幸い起きてはいない。

ヨウちゃんの手は小さかった。


ヒロは愛おしさを感じざるを得なかった。

一番の友人であり、恩人。

妹のような感覚は抜けてはいないが、尊敬する方だ。

口を少し開けて寝ている様子に小さく笑いながら、ヒロは彼女の手をゆっくり広げ自分の身体から離した。


ガリちゃんの部屋から出ると、早朝にも関わらずリカとシアはテント内に置かれた机で何かを話し合っていた。


「よおヒロ、よく寝れたか」

「うんぐっすり」

「おーそうか。俺は宴の余韻であんまり寝れなかった」

そう言うとシアは大きなあくびをした。


「リカさん、ところで何を話しているんです?」

「あなたのことですよヒロさん」

はて、なんだろうか?


「冒険者になるそうですね。セレシドから聞きました」

あの人は本当によく話すなあ。

ヒロは昨日の宴でのセレシドの様子を思い出した。

最初は自分が行ったことに罪悪感を感じていたのか静かに過ごしていた。

しかしガリアの人々が公女様のことやヒロのことを聞いてくると、酒の力もありセレシドもだんだんと饒舌になっていった。

ヒロにも度々絡むと、最後はシアと肩を組みながらよく分からない歌を歌っていた。


セレシドのみんなに好かれる理由と少し面倒くさい一面を知った。

ヒロは思い出して笑いそうになったのを堪えて、リカの質問に答えた。


「はい、そのつもりです」

そう聞くと、リカは一枚の紙をヒロに差し出した。


「これは私からの推薦状です。冒険者登録にはかなり手間がかかるんですけど、この推薦状があればある程度簡潔に済ますことができると思います」

紙を見てみると馴染みのない文字がぎっしりと書かれていた。

ただ、半分は読める。きっとこれがマーレ語なんだろう。


「ありがとうございます!とても助かります」

リカが優しく微笑みを浮かべた。

一方でシアは何かをいいたげに咳払いをした。


「ヒロ、俺がいうのもなんだが、この推薦状はかなり貴重なものなんだぞ。ある意味俺たちガリア族が認めた存在、友好の証みたいなもんだからな。冒険者になっても悪いことするなよ」

そういうとヒロの頭をシャカシャカさすりながら、ガハハと笑った。


「ふふっ、そんなに重く受け止めなくてもいいですよヒロさん。これは今回のお礼です。それとささやかではありますがこれを持っていってください」

そういって持ってきたのは麻袋のような肩掛けバックだった。

ただ触ってみると、動物の皮で作られており、かなり丈夫そうだ。


「中にこれからの旅で必要になりそうなものを詰め込んでいますので、どうかお役立てください」

バックの重みから二人が込めた優しさを感じた。



一度寝床の方へ戻るとガリちゃんが起きていた。

「おっ、いいのもらったみたいだな」

横になりながら、きのみをパクパク食べている。


「そういえばガリちゃんって肉食じゃないの?」

「肉は飽きた」

やっぱり狼っぽくないなあ。


「もう行くのか?」

「いや、ヨウちゃんが起きてからいくよ」

二人はヨウちゃんの方をみた。


「ヒロ、たまにはこいつのために戻ってきてあげろよ。こいつお前といる時ほんと嬉しそうにしてるからな」

「・・うん、もちろん。大切な友達だからね。あ、その時はガリちゃんにも会いにくるよ」

そう言いながら、ヒロはもう一人の友人の方をみた。

ふっ、素直じゃないなあ、ガリちゃん。

表情はあまり変わってはいないが、後ろの尻尾がぴょこぴょこ揺れている。

そしてそれに触りたい衝動にヒロは勝てなかった。


「キャンッ、おいヒロお前俺の尻尾に触んなっ!」

そう言いながらガリちゃんはヒロの身体に飛びかかった。

その時の表情は怒っているというよりも恥ずかしさを隠しているようだった。


「ふあああ」

二人がうるさかったのか、ヨウちゃんがあくびをしながら目を覚ました。

まだ寝ぼけているのか目が半開きだ。

心臓がバクバクしている。


「あーおはようヒロ、ガリちゃんも」

「おはようヨウちゃん。よく寝れた?」

「うん・・まだ眠いけど」

そんな様子にヒロは思わず笑顔になる。

そしてそんな彼女に優しくハグをした。


「ありがとうヨウちゃん」

「・・・」

ヒロは身体を離し彼女の方を見た。

一方でヨウちゃんは下を向いたままだ。


「ヨウちゃん、僕そろそろいくね」

「・・・うん」

甘えたいのか、ヒロを足止めしたいのか、はたまた悲しい顔を見せたくないのか、彼女は僕の顔に抱きつきしばらく離れなかった。



テントから出ると、リカとシアの間にサリがいた。

「おっすヒロ、エレーネに行くんだってね。あたしもついて行っていい?」

突然の申し出ではあったが、特に断る理由はヒロにはなかった。


「うん、僕はいいよ。だけどリカは大丈夫ですか?」

「ええ、エレーネならこの村から小さな子でも一人でお使いに行かせられるので、きっと大丈夫です」

「どういう意味ママ、あたしもう子供じゃないよ!」

サリがぷくっと頬を膨らませている。


「ふふ、冗談よ。ヒロ、この子は大丈夫です。よく一人でエレカのところへ遊びに行ってたので」

「わかりました。じゃあサリよろしくね」

「うん!そしたらパパ、いってくるね」

ん、パパ?


「おう、気をつけてな」

そう答えたのは隣にいたシアだった。


「えっ、シアがお父さんなの?」

「ああそうだが、なんでそんな驚いているんだ?」

シアは不服そうな顔をしている。一方リカとサリはくすくす笑っている。


「だってこれまでそんな雰囲気なかったから」

「ふふ、この人恥ずかしがり屋さんなんですよ」

リカに暴露され、恥ずかしそうに耳を畳んでいる。

最後にこんな姿のシアを見れてよかった。



村の入り口にガリアの人々が集まってお見送りしてくれた。

リカが前に出てお別れの挨拶をしてくれた。


「ヒロさん、今回は本当にありがとう。私たちは決してあなたのことを忘れません。いつでも帰ってきてくださいね」

「僕も皆さんのことは決して忘れません。絶対帰ってきます」

過ごしたのは数日だったけど彩豊かな想い出でいっぱいだ。


リカがヒロの元へ歩いてくる。

「ガリア族の代表として、ヒロさん、あなたの幸運な旅路を願っております。ヒロさん、お手を」

そういうと親指を立ててこちらに向けてきた。

僕も同じく親指を立てる。

すると、リカは自身の親指をヒロの指に押し当てた。


「これはガリア族のお別れの挨拶です」

ヒロが不思議そうに眺めているのに気づいたらしくリカが説明してくれた。

そうと知って、ヒロも親指に力を入れて押し返した。

しばらく親指を合わせていたが、この状況がおかしく思わず笑いが溢れた。

リカもつられておかしそうに笑った。


「ありがとう、リカ。ではみんな、行ってきます!」

「「「行ってらっしゃい!」」」



森の入り口への道をしばらく歩いていると、後ろから何かがやってくる音が聞こえた。

振り返ると馴染みの二人が走ってやってくる。


「ヨウちゃん、ガリちゃん!」

見送られている際に、二人の姿を見かけなかったので心配をしていた。


「あぶね間に合った!」

ガリちゃんが息を整えている。

ヨウちゃんはヒロと目が合うと俯いた。

しかし、彼女の少し赤くなった目に気がついた。


「ヒロ、今日まで本当にありがとな。ガリアの神としてお礼させてもらうぜ。お前がいてくれたおかげで最高の形で問題を解決できた」

照れくさそうにしているが、ヒロの方を見て真剣に話してくれた言葉は嬉しかった。


「ヒロ」

ヨウちゃんがゆっくりと近づき、何かを手渡した。

見てみると、草で編まれ、表面に小さな装飾がある小さな三角柱があった。


「これお守り。ヒロが無事戻ってこられるためのお守り。また一緒に、ご飯食べたり、遊んだり、星をみる、ために」

ヨウちゃんの目元から大粒の涙が頬を伝って落ちる。

ヒロは思わず彼女へ駆け寄り抱き寄せた。


「ありがとう、ヨウちゃん。ぜったい、絶対にまた君に会いに帰ってくるよ。このお守りをずっと持って君のことを思い出すよ。約束する」

「うん、うん」

絶対にこの約束は守ろう。

そう心に誓った。

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