第37話 第三層
イライザはゆっくりと落ち着きを取り戻した。
これまで抑えていた自分の思いを涙で流すことができ、むしろすっきりしたようだ。
「ありがとう、ございます。もう大丈夫です」
「よかった」
イライザの様子を静かに見ていたリリーが話し始めた。
「それで、これからどうするの?下に進むか、それともこの階層で転移陣を探すか」
確かに、同じ階層に2つ以上転移陣があってもおかしくはない。
しかし、ここに至るまで破壊されていない建物はなく、見つけるのはかなり困難だろう。
一方で、下層にどのような危険があるか全くわかっていないのも事実だ。
ひとり悩んでいると、イライザが口を開いた。
「下にいきましょう。ここより、下に転移陣がある可能性の方が高いと思います。ただ、降りてみて危なそうでしたら引き返しましょう」
イライザはすでに覚悟を決めた顔をしていた。
「うん、僕もその意見に賛成だ。そしたら下に降りる準備をしよう」
ヒロたちはブルが置いて行った荷物を調べた。
すると食料品や飲み物が、かなりの量あるのに気がついた。
「ブルは何を持って行ったんだ?」
「多分、ここで採取した植物です。遺跡に来た証になるので」
確かに、この階層にいる植物は地上ではみた事がない。
遺跡攻略した証とともに、かなりのお金になるに違いない。
そう思うとブルに対して、怒りが再度込み上げてきた。
そんなことを考えながら、ヒロは自分の荷物を整理していた。
「あっ!」
突然、イライザが大きな声を出した。
彼女の方を見ると、イライザはヒロの手元に視線を注いでいた。
「ヒロさん、そのバッグどうされたんですか?」
そう言われるまで、彼はそのバッグの経緯を忘れていた。
「ああ、これは川から流れてきたんだよ。と思って急いで拾ったんだ、人がいる、と思ってね。もしかして・・」
ふとイライザの方を見ると、彼女の顔が明るくなっているのがわかった。
「はい、多分私のものです。あの、中見てもいいですか?」
「もちろん」
イライザは、バッグを手に取ると中を確認した。
そして小さな袋を見つけると、それを開けて中のペンダントを手に取った。
「あったあ」
彼女はそのペンダントを両手で握ると、その手を顔に当てて目を閉じた。
ヒロはそのペンダントのことを思い出して、中を勝手に見た罪悪感を感じていた。
「ごめん、イライザ。勝手に中を見ちゃった」
イライザはハッと目をあけてヒロの方を見た。
「そんな、謝らないでくださいヒロさん。むしろ拾ってくれてありがとうございます」
イライザはペンダントを開き、中の女性を見つめている。
「私の母なんです。女手ひとつで私と弟を育ててくれて。だけど今病気にかかっているんです。私んち蚕業をやってるんですけど治療にかかるお金が足りなくて。代わりに私が冒険者になってお金を稼いでいるんです」
彼女が冒険者は一時的なもの、と言っていた理由がわかった。
「早くお母さん治るといいね」
「はいっ!」
その時、初めて彼女の笑顔を見た。
花に負けず劣らず輝いていた。
話しているうちに荷物は整理し終わり、二人は各々の荷物をかついで階段の方へと向かった。
「よし、行こう!」
「はいっ!」
その階段は、明らかに第二階層へと向かう階段よりも長かった。
第三層に着く頃には、二人ともへとへとになっていた。
「はあはあ、ついた」
ヒロはそう呟きながら身体を休めていると、ひと足さきにイライザが外に出た。
「ヒロさん、すごいですよ!見てみてください」
興奮した様子の彼女の声を聞き、ヒロも外に出た。
そこは砂漠の世界だった。
上の階層とは逆に、植物はほとんど生えておらず、ひたすらに視界が開けた世界が広がっていた。
ふと上を見ると、3つの青色の月と星の瞬きが見えた。
しかしよく見ると、それらは上の階層で見かけた花たちの輝きだという事がわかった。
青色の光に照らされ、まるで夜の砂漠地帯のようだった。
そして、開けた世界のその先に、何か建造物のようなものが見えた。
「イライザ、あれ見える?」
ヒロが指差した先を見ると、彼女も気づいたようだった。
「はい、見えました。あれはなんなんでしょう?」
「わからない、とりあえずあそこを目指してみよう」
その建造物に向けて歩みを進めた時、ふと向こうから何かの影が見えた。
どうやら、うさぎらしき動物がこっちに全速力で駆けてくるようだ。
次の瞬間、その動物の後ろの砂が突然盛り上がってきて小さな山ほどの大きさになった。
そしてそれはうさぎと同じ方向へと動いていた。
ヒロは咄嗟にイライザに声をかけた。
「階段の方へ避難しよう」
しかしヒロたちが階段の方へ逃げようとした瞬間、突然地面が盛り上がり入り口を完全にふさいだ。
二人はその一瞬の出来事にあっけに取られていた。
しかし、うさぎのような動物がヒロたちの横を通り過ぎた時、今置かれている状況に気づいた。
ヒロは咄嗟に叫んだ。
「逃げろ!」
その声にイライザはビクッとしながらも、ヒロの後を全力で追った。
二人は必死に逃げた。
広大な砂地を全力で走った。
しかし、その砂の山が進む速度は尋常ではなく、すぐに追いつかれることは明白だった。
「ヒロさん!私の身体に掴まってください!」
突然イライザが叫んだ。
「どういうこと?!」
「いいから、私に捕まってください!」
そういうと彼女はその場に止まり、ゆっくりと深呼吸をした。
彼女の”煙”がだんだんと濃くなっていく。
ヒロはわけがわからないまま、彼女の身体をハグした。
「しっかり掴まっててください!」
ヒロは、イライザの背中あたりに”煙”が移動していくのが見えた。
そして”煙”たちがだんだんとまとまっていき、形を持ち始めた。
それは白い大きな羽だった。
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