第36話 苦悩
「気をつけろ、こいつら速いぞ!」
2等星、3等星冒険者で構成されたそのパーティはアルティア古代遺跡の一層最深部にて、黒色の毛で覆われたモンスターと対峙していた。
暗闇に紛れて攻撃してくるその動物に、熟練の冒険者たちも苦戦を強いられていた。
「ぎゃっ!」
またメンバーの一人が死んでいく。
「イライザ、光照玉を早く出して!」
「はいっ!」
自分が持ってきた荷物の中から、イライザは言われた道具を探した。
「あった、ありました!」
「よし、上に投げろっ!」
彼女は言われた通り、精一杯の力で上へと投げた。
球は軌道の頂点に達すると、輝きを放ち、戦場を照らした。
冒険者たちは、そこで初めて自分たちがどのような場所にいるか、そしてどのようなモンスターと対峙しているのかを知った。
「ひいっ」
イライザは、その生物の異様に大きい目に尻込みした。
しかし、他の冒険者たちは、突然の輝きで目を閉じているモンスターの隙を見逃さなかった。
「今だっ!」
冒険者たちは、反撃を開始した。
イライザは、恐怖でその場にただ身を潜めていた。
「リリーちゃん、私も、何かした方がいいかな。。」
しばらくして、自分だけ何もしていないことにやるせなさを感じ始めた。
「だめよ、あなたはここにいなさい!それに行ったって何もできないわ」
正直な感想に少しショックを受けたが、何もしなくていい、と言われほっとした。
8人のパーティは、最後のモンスターを倒した時には3人にまで減っていた。
「終わった」
生き残った一人であるブルは、その場に倒れ込んだ。
「はあはあ、なんだったのこいつら」
もう一人の女の冒険者は、剣を杖代わりにして、ゆっくりとあたりを歩き見ていた。
イライザは、何も言わずただただ同じ場所に座り込んでいた。
「ねえ、これ」
声のした方を見ると、女の冒険者が部屋の端をじっと見ていた。
ブルとイライザも向かうと、地面に描かれた模様を見た。
「転移陣だ」
それは、各地にある古代遺跡で時折発見されているものだ。
遺跡内外を繋ぐもので、冒険者にとっては、場合によっては救世主のような存在だ。
「私は帰るわ。こんなとこいくら命があっても足りやしない」
他の二人も同意し、このミッションを終了させることにした。
しかし、不運だったことが1つあった。
その転移陣の大きさは一人が立てるほどのスペースしかなかった。
まず女の冒険者が転移陣の上にたつと、その姿は一瞬にして消えた。
「次は俺だ」
イライザの身体を退けてブルが転移陣の上に立った。
しかし、ブルの姿はいつまで経ってもなくならない。
場所を移動させて何度も上に立ったが転移はされなかった。
「一回だけなんだわ」
ふとリリーがぼそっと呟いた。
イライザが聞き返すと、リリーは話した。
「転移陣から”煙”が消えた。これはただ地面に描かれた絵よ」
そう聞くと、イライザは概要をふんわりとブルに伝えた。
「もしかしたら、この転移陣は一人しか送れないのかもしれません」
ブルはイライラする様子を隠すことなく、イライザに怒鳴った。
「うるせえ、わかってるわそんなこと!くそ、あの野郎俺を置いていきやがった。帰ったらぶっ殺す」
そう言いながら、ブルは入り口へと戻っていく。
「あの、あっちに階段がありますけど。。」
奥にある階段のことについて尋ねると、うんざりした様子でブルが振り返った。
「いくわけねえだろ、バカが。早くお前は道案内をしろよ!」
イライザはそそくさと荷物を持って、入り口に立った。
そして彼女がリリーに道案内をお願いしようとした瞬間、先に広がる暗闇から何かの咆哮が聞こえた。
それは、今さっきパーティをほぼ壊滅させたあの生物のものに酷似していた。
「嘘だろ、まだいんのかよ」
ブルはそういうと、身体の方向をかえ奥の方へと進んでいった。
「何してるんですか?!」
「無理だ。この狭い道であいつに勝てるわけがねえ。下層で転移陣を探す」
ブルの背中をただ見ているイライザに、リリーが叫んだ。
「イライザ、あいつを止めて!来た道なら、あのモンスターとは会わない!」
ここまで来た道は、リリーが”煙”を見てイライザに正しい道順を提案していたものだ。
そのおかげで、あの獰猛な生物と会わずに済んでいた。
しかし、そのことはブルを含め他の冒険者は知らない。
「行きは本当に運が良かっただけだ。お前の運の良さに俺の命は預けられねえ」
イライザは必死でブルを説得したが、彼は一向に信じなかった。
それほどまでに、先ほどの戦闘がトラウマとして記憶に刻まれていた。
「イライザ、あなただけでも逃げなさい」
リリーが動揺している彼女に放ったのは、提案というよりも命令だった。
「わかった」
イライザは唾を飲み込むと、ブルの方を一瞥すると入り口へ向かった。
しかし、もう少しで入り口に差し掛かろうとした時、何かに腕を掴まれた。
「何やってんだお前」
ブルの大きな手は力強く、決して離さないという意志が感じられた。
イライザは呼吸を落ち着かせると、ブルに最初で最後の反抗をした。
「私は、帰ります!来た道を戻って!」
そう聞いた瞬間、ブルがこれまで溜め込んできた怒りが爆発した。
イライザに反抗されたことが引き金を引いた。
ブルはイライザの腕をつかむ手に力を入れ、彼女を階段の方へ思いっきり投げ飛ばした。
「ふざけんなあ!お前は俺の荷物持ちだろうがあ!お前に決定権はねえんだよ」
ブルはイライザを無理やり立たせると、階段の方へと歩かせた。
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「ブルに言われたんです。転移陣のことはヒロさんには黙っとけ、さもないと殺す、と」
彼女が語った真実に、ヒロはブルに対しての怒りの感情で溢れていた。
「本当に、ごめんなさい」
涙を流しながら謝る彼女の姿に、心が締め付けられる。
「イライザ、君のせいじゃないよ。君はなんも悪くないよ」
そう言うと、彼女は頭をあげヒロの目を見た。
「違うんです、本当は私、もうあの人と二人は嫌だったんです。あなたが戻ってしまって、またブルと二人きりになってしまう方が、私、この遺跡より怖かったんです」
そう言うと、イライザはさらに泣きじゃくった。
ヒロは彼女の背中をさすりながら、静かに決意を固めた。
なんとしてでも、この遺跡から彼女とともに抜け出す、と。
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