第35話 中心

道路の植物を退けながら、ヒロたちは前を歩いていた。

ブルは後ろで、無駄にでかい鼻歌を歌っている。

ヒロは横を歩くイライザにこの遺跡についていくつか尋ねた。


分かったのは、この遺跡はエレーネの街付近で少し前に見つかり、何十人ものの冒険者がここに挑んだが誰も帰ってきてないこと。


そして、この上の階層、つまりヒロがいきなりワープさせられた階層が一層目だということだ。


「私は正直、上に戻って出口を目指した方がいいと思ってます。リリーちゃんが出口までのルートを教えてくれるので」

「そうよ、私には見えるの。出口までのルートが」

リリーちゃんは彼女の周りを飛びながら、自慢げに語った。

ヒロはもしや、と思いリリーちゃんに話しかけた。


「もしかして、”煙”のこと?」

そう言った瞬間、リリーはヒロの近くへと飛んできた。


「嘘でしょ、”煙”まで見えるわけ?」

ヒロは肯定をしながら、”煙”がなくなったことを伝えた。

リリーはショックを受けていた。


「確かに私がみた時も”煙”はかなり薄かった。あの”煙”はあの層にいる生き物から身を守ってくれるものだと思うわ。”煙”がなければ上の方が危険かもしれないわね」


リリーはイライザの方へ飛んでいくと、詳細は省いて上に行くべきではないことを彼女にも伝えた。

イライザは悲しそうに俯いてしまった。


「そういえば」

ヒロはふと、あることを思い出した。


「イライザは運がいいってブルが言ってたけど、それはリリーの”恩恵”のこと?」

そう聞くと、イライザの代わりにリリーが答えた。


「違うわ、私の力じゃない。ただイライザに時折助言して、それをこの子が周りに話しているだけ」

「だけど、そうなると、”イライザが運がいい”っていうのはおかしくない?まるで他の人が、イライザは”恩恵者”だと知らないみたいだ」

そう尋ねると、イライザは少しバツの悪そうな顔をしながら口を開いた。


「私、”恩恵”をもらっていること家族以外に言ってないんです」

「えっ、それはなんで?」

理由を聞こうとするとリリーちゃんがヒロたちの間に入ってきた。


「それは面倒だからよ。”恩恵者”は貴重だから色々な仕事が来るの。この子は一時的に冒険者になってるだけだから、後々のことを考えて私が口止めをしてるのよ」

そうだったのか。

言わなければよかった、とヒロは今更ながらに後悔した。


「ですのでヒロさん、私のこと他の人には言わないでもらえませんか?」

「分かった。誰にも言わないよ」

そう聞いて、イライザはほっと一息ついた。


話しながらだが、結構歩いたと思う。

もうそろそろ何かあればいいのだが。


「あっ」

植物を退けていると、不意に道路の先に緩やかにカーブする線が現れた。

その線から先には、レンガのようなものが敷き詰められた地面が広がっていた。


「ついた、中心に」

ヒロは前方の空間を見渡した。


一見すると普通だが、確かに他の場所と比べて背の低い草花が多く、全体的に見晴らしが良い。

地面がより綺麗に整備されていた証拠だ。


ここで、文明が栄えていたんだ。

そんな感慨にふける間もなく、ブルの声が響く。


「おい、ついたのか?」

小さくため息をつくと、ヒロは後ろを振り返った。


「ああ、ついた。ここが中心部だ」

「そうか、そしたら次は赤く塗られたとこへ行くぞ」

そういうと、ブルはヒロの背中を強く押して、無理やり歩かせた。


腹立たしさを押し殺しながら歩いていると、イライザが横にいないことに気づいた。


後ろを見ると、彼女はブルの横にいた。

そして、ブルが彼女の耳元で何かを告げている様子が見えた。


イライザは顔を青ざめながら、ヒロの方を見た。

そして、自分が見られていることに気づき、慌てて視線を逸らした。


不穏な雰囲気を感じながらも、目的地へ歩みを進めた。



それは明らかに人工物だった。

植物で覆われているが、ドーム状の建物があった。

思わず、体育館を想像する。

他の建造物が破壊されている中、唯一どんと構えるその建物は逆に不気味に思えた。


「ここか」

ブルがそう言うと、ヒロが持ってきた荷物を強引に取ると、そのまま建物の方へと走っていった。

二人も慌てて彼の後へとついていく。


近づくと、入口らしきところも植物で覆われているのが見えた。

「ブル、待って。ここは僕が」

「ふんっ!」

退けようと提案する前に、ブルは自分の剣で植物たちを切り刻んでいく。


ヒロは彼の様子がおかしいように思えた。

彼の性格上、こういう雑務はヒロに任せるのが普通だ。

しかし今、彼は自ら行動している。

何かを急いでいるように。


覆っていた植物は綺麗になくなり、扉が姿を表す。

ブルは剣をしまうと、力一杯その扉を引いた。


ギシギシと音を立てながら、ゆっくりと扉が開いていく。

ブルが通れる隙間ができると、彼は中へと一人入っていった。


二人も追いつき、ゆっくりと中へ入っていく。

建物の内部は、暖色に輝く花によって照らされている。

机のようなものがいくつか見えるが、閑散としていた。


そんな空間の中央に、下へと伸びる階段があった。

階段の先に広がる暗闇に、なんともいえぬ恐怖を抱いた。


ふと、ブルの存在を思い出し、中を見渡してみると、彼は建物の奥からこちらを見ていた。


「悪いなぁ」

突然、ブルが謝ってきた。

しかし、その口調と表情は、明らかにヒロをバカにしているようだった。


「二人でせいぜい頑張れよ」

そう言うとブルが、一歩奥へと歩いた。

すると、彼の周りが光り出した。


いや、あれは銀色の”煙”だ。


次の瞬間、ブルは消えた。


「えっ?」

その一瞬のことにヒロは頭の整理が追いつかなかった。

しかしすぐに、彼がいたところへと向かった。

銀色の”煙”はもう出ていなかった。

ふと足元を見ると、地面に何かの模様が描かれていた。


「どういうことだ、一体」

ヒロはイライザと話をしようと彼女の方を見た。

しかし、花の輝きで照らされた彼女の表情を見て、ヒロは立ち止まった。


彼女は泣いていた。

ごめんなさい、と呟きながら。

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