第34話 蚕の神
ヒロは腹を抑えながら、渋々ブルに地図の見方を説明した。
「ほおなるほどな。そんな小さな柱気づかなかったわ。お前は気づいてたか?」
そう尋ねられたイライザはビクッとしながらも、答えた。
「はい、いくつか見かけてはいました」
彼女の声を初めて聞いた。
その声は細くて小さく、そして震えていた。
「ちっ、だったら言えよ」
「はい、すみません」
深く頭を下げているイライザの様子を見ると、これまでこの男にどのような仕打ちを受けてきたのか、なんとなく想像ができる。
きっと、苦しい数日間を過ごしてきたんだろう。
「で、俺は今どこにいるんだ?」
ブルがヒロの方に地図を広げて見せてきた。
「正確な場所はわからない。ただ、進むべき方向と目的地はわかる」
ヒロは今歩いてきた主道路を指でなぞりながら、目的地である地図の中心に指をさした。
「確かにな。これだけ赤く塗られてる。そしたらそこにいくぞ。おいお前、早く俺の荷物を持ってこい!」
イライザはそう言われ、積まれている荷物の山の方へと急いで向かった。
彼女は、肩と両手で全ての荷物を持とうとした。
しかし、疲れと痛みで彼女の身体は限界のようだった。
ヒロは急いで、イライザの方へ向かった。
「僕が全部持つよ」
「いや、でも」
中ば強引に彼女から荷物をおろした。
「おいお前、そいつを甘やかすんじゃねえぞ」
ヒロはブルと話していてわかったことがある。
こいつ、頑として自分たちの名前を呼ぼうとしない。
どこまで下に見てるんだ・・
「荷物持ちだから役割を全うしようとしただけだ。それに僕の方が体力があるから早く運べる。目的地に早く行きたいだろ?」
そう返答すると、ブルは鼻息を1つ漏らしながら、歩き始めた。
ヒロはイライザから降ろした荷物を、肩と両手を使って持ち上げた。
しかし、そのあまりの重さに後ろに倒れそうになる。
しかし、咄嗟にガリちゃんの力を使ったおかげで尻餅をつくのは避けられた。
「大丈夫ですか?重そうですけど」
イライザが心配そうに尋ねてくる。
ヒロは必死に表情を戻して答える。
「うん、大丈夫」
「そんなこと無いくせに」
どこからともなく声が聞こえた。
ただし、彼女のものではない。
「この男、イライザに気があるのよ。だから必死に自分をアピールしてるの、きっと」
「そんなわけないだろ」
荷物の重さに気をとられ、思わず声に反応してしまった。
変なやつだと思われただろうか。
ゆっくりイライザの方を見ると、案の定、彼女は驚いた顔をして彼の方を見ていた。
どのように言い訳をしようかと考えていると、彼女の方からヒロに話しかけてきた。
「もしかして、今の、聞こえてました?その、あなたが、私に、その」
顔を赤らめ、彼女は続きを必死に言おうとしている。
「いや、言わなくていいよ。その、多分合ってるから」
「合ってる、って、やっぱり私に気があるんですか」
そう言いながら、彼女はヒロとの距離をあからさまに開けた。
「違うよ!内容が合ってる、っていうことだよ」
イライザはそう聞いてほっとしたのか、開けた距離を詰めた。
しかし、再び驚いた表情になって、縮まった距離がまた開いた。
「えっ、本当に聞こえるんですか、リリーちゃんの声が」
リリーちゃん?
誰だそれは?
ふと、彼女の近くにあの白い蝶のような虫が飛んできた。
イライザはその虫には気づかず、ただひたすらにヒロの方を見て驚いている。
「信じられないです。家族以外でリリーちゃんの声を聞ける人がいるなんて。もしかして私の親戚なのかも」
頭を抱えたイライザに、またあの声が応えた。
「こんなやつ知らないわよ」
ヒロはその時、この声の主がはっきりとわかった。
この虫だ。
今まで声の出どころがわからなかったのは飛んでたからだ。
この世界には話せる虫がいるのだろうか。
それとも・・
「イライザ、肩の近くになんか虫がいる」
ヒロは彼女の肩を指差した。
「えっ、どこですか?見えないです」
そういって肩を払う手を、その虫はうまく避け、そのままヒロの方へと飛んできた。
そして彼の顔の前で止まると、その虫は小さな声で話しかけてきた。
「色々言いたいことはあるけど、まず訂正させてもらうわ。私は虫なんかじゃないわよ!私は蚕の神、神様よ!」
やっぱりだ。
この虫は神様だった。
その容姿が蚕の成虫の姿であることも、たった今思い出した。
「全く、虫と一緒にされるなんて、これまでの人生の中で一番の屈辱だわ。確かに外見は似てるかもしれないけど、隠しきれずに溢れ出る、この知性とエレガントさに気がつかないのかしら」
神様はお怒りの様子で、饒舌に独り言を呟いている。
「ともかく、なんで私の声が聞こえて、さらに私の姿が見えるのか説明してちょうだい」
ヒロは、この神様はガリちゃんタイプだと判断した。
一言でいうと、ナルシストだ。
そんなことはおくびにも出さず、神様の質問に答えた。
「自分でもわかりません」
「はあ?!ふざけないでよ。もっとしっかり考えなさいよ!」
いつの間にかイライザが近づいてきて、オドオドとしながら会話に入ってきた。
「あの、二人で何を話してるんですか?」
神様はイライザの方へと飛んで行った。
「この男が、ものすごく無礼だってことよ」
「なんでだよ」
突然、イライザが顔をしかめ、今にも泣き出しそうになった。
「お願いします!リリーちゃんを取らないでくださいっ。私の唯一の友達なんですっ」
イライザはヒロたちが話しているのを聞いていて、不安に思ったらしい。
そしてどうやらこの神様がリリーちゃんのようだ。
ヒロと神様は顔を合わせると、無言での一時休戦を取り決めた。
「泣かないでよイライザ。こんなやつ友達でもなんでもないよ」
「そうだよ。僕もなんとも思ってないよ」
「はあ、あんたそれは失礼でしょ!」
そこで噛みついてこないでよ、神様。
イライザの呼吸がさらに荒くなっていく。
今にも、目に溜まった涙が落ちそうだ。
そんな時、ブルが来た道を引き返してきた。
「お前ら、何してんだ!早く来やがれ!」
かなり怒った様子で、二人の方を睨んでいる。
ヒロは急いで重たい荷物を持って、彼の元へ走って向かった。
イライザも、涙をすっと引かせて彼の後を走ってついてきた。
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