第24話 領主の一家

「サリ、そこまでしなくても」

カオスな状況に困惑する中、とりあえず座り直した彼女に話しかけた。


「ん、大丈夫。ほら」

そう言って彼女が指差した先で、エレカは服を直しながらこちらへ戻ってきた。


「ありがとうサリ、興奮しちゃってた。ごめんヒロ」

エレカは何事もなかったかのように、ヒロとサリの間に座った。

思わず身体をソファの端に寄せる。


「えっと、エレカさん大丈夫?」

そう聞くと、きょとんとした顔で彼女がこちらを見た。


「え、ああ大丈夫。あとエレカでいいから」

そう言いながらヒロの太ももに乗せた彼女の手に思わず身体が硬くなった。

エレカの視線を合わせるのを避けるため、セレシドの方へ目を向けた。


「領主様、えっと、エレカはこう言っているんですけど、本当に大丈夫なんですか?」

セレシドは持っていたカップを置き、ヒロの方を向いた。


「ああ本当に大丈夫。あのくらい問題ないよ」

しかし、まだヒロが納得できてないことを察し話を続けた。


「話してなかったね。私と妻、そしてエレカはタリア族なんだ。ん、ぴんと来てないね。タリア族っていうのは外見的な特徴はあまりないんだけど、他の猿人と違って女性の方が力が強くて身体も頑丈なんだ。そして」

一呼吸おいたセレシドは、少し躊躇いながらも話を続けた。


「そして、女性の方が性への関心が高い。加えて執着心も強い。相手に求めるハードルは高いが、それを超えると一直線。それがタリア族の女性だ」

なるほど、性格が種族によってこうも違うのか。


「ちなみにこれまでエレカに好意を寄せた男は全て撃沈している。ハードルが高くそしてロマンチストだからね」

横でエレカが少し俯いている。

頬が赤くなっているような気もする。

あまりエレカの方は見ないようにしよう。


「そういえば、エレカのお母様はどのよう・・」

途中でこの質問の不適切さに気づいた。

これまで一度もお会いしていないこと、そしてタリア族の女性、この2つがかけ合わさった先にはあまり良くない結末があるような気がした。


「ははっ、いやヒロくん、多分考えていることじゃないよ。私の妻は冒険者なんだ。2等星でかなり強い。絶対に彼女には逆らえないよ」

照れながら頭を掻いているセレシドの様子を見て、思わず一安心した。

それにしても2等星かあ。いつか会えるだろうか。


「ちなみにエレカもいつかは冒険者になりたいらしい」

「え、そうなんですか?」

彼女の方を見ると、今は落ち着いて紅茶を飲んでいた。


「ただ本当になるかは、アカデミーに行ってから決めようって思ってる。冒険者に関する座学の他にも実技もあるらしいから、そこで見極めよっかなって。それでできたらサリとパーティを組んで色んな場所に行きたい」

姫とお嬢様のパーティか。

一見心配なパーティだが、それぞれ身体能力はすごいからやっていけるような気がする。


「ヒロはパーティ組むの?」

サリが尋ねてきた。


「いや、考えてないなあ。一人でできる依頼しかやらない予定だし」

「じゃあそしたらあたしたちが卒業するまで待ってて。入れてあげるから」

「ははは、楽しみにしてるよ」

嬉しい誘いだが、きっと一人でやるより危ない目に合う気がする。

思わず空笑いが飛び出た。


「え、やっぱりうちに来ないの?」

思い出したかのようにエレカがヒロの方を見てきた。


「うん、ごめん、やっぱり僕は冒険者として世界を旅したい」

「そっかあ、じゃあ一緒に住むのはもうちょっと先かあ」

全然そんな予定はない。

ふと、かなり居座っていたことに気づいた。

今日中に1つは依頼をこなしてみたい。


「じゃあ、そしたら僕はそろそろ行きますね」

ヒロが席を立とうとした瞬間、腕が捕まれソファに座り直された。


「もう遅いし今日は家に泊まっていけば?」

窓から外を見ると陽の光が眩しく照り注いでいる。


「いや今日1つ依頼をこなしたいなあと思って」

「なるほどね、そしたらその依頼が終わったら家に帰ってきなよ。ご飯とお部屋用意してるからさ」

エレカの目はギラギラ輝いていた。

誘惑されかけたヒロを理性がとどめてくれた。


「ありがとう、気持ちだけ受け取っておく。だけどこれから何かあれば頼ってもいいかな」最後に添えた一文がかなり効いたらしく、エレカは納得したようだった。


「うん、いつでも頼って!」

ほっと一息つきながら、セレシドの方を見た。


「領主様、色々ありがとうございました。また寄らせていただきますね」

「ああ、いつでも来なさい。娘も待っているよ」

ヒロは屋敷を出る準備をした。


「ヒロ、あたしはまだここにいるね」

「分かった、サリ、またいつかね」

サリが親指を突き出してきたので、ヒロも同じく親指で返事をする。


見送りに来てくれた三人を背に、ヒロはいよいよ冒険者としての生活を始めた。



街へ降りる坂を歩いている時、ふと1つのことを思い出した。

初めて会った時にエレカの周りを漂っていた、黒味がかった橙色の”煙”が今日は彼女から出ていなかった。




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