第50話 剣山
なんでだろう。力がみなぎってくる。
ブルの攻撃を避けながら、ヒロはこの不思議な感覚に意識を向けた。
身体を強化しても、翼を広げても疲れをほとんど感じない。
というより、常にエネルギーが補充される感覚だ。
強化された反射神経でブルの拳を楽々と避けた時、視界に自身の足元が映った。
そこには身体から溢れ出ている銀色の”煙”が地面の中へと入っているのが見えた。
気がつくと、ヒロの身体は黄色と白色が霞むほど濃い、銀色の”煙”に包まれていた。
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野次馬たちは、猿人の少年を興奮した様子で見ていた。
あのブルを圧倒しているではないか。
ブルの攻撃を軽々と避け、そして白い翼で間合いを一気に詰め的確にダメージを与えている。
「誰だあいつ?」
「いや知らねえ!」
「なんで誰も知らねえんだ?!」
野次馬たちは、あの少年が何者かお互いに聞いていた。
しかし、誰も彼のことは知らなかった。
「おおっ!」
それが今日一番の盛り上がりだった。
少年が文字通り飛び上がり、ブルの顔面に回し蹴りを決めた。
蹴られた巨体は、その衝撃で地面を転がり、広場の中央の噴水にぶつかってようやく止まった。
ブルは立ち上がらなかった。
そして広場には沈黙が流れた。
突然の終了に、野次馬たちはこの興奮をどう発散すれば良いかわからずただ少年のことを見ていた。
しかしそんな中、一人彼に近づく者がいた。
「ヒロっ!」
突然自分の名前が呼ばれ、ヒロはふと我に帰った。
そして声のする方を振り返ったと同時に、誰かが身体に抱きついてきた。
「うわっ?!」
思わず声が出たが、その後ろ姿に見覚えがあった。
「リ、リーシャさん?」
彼女はゆっくりと身体を離した。
すると突然、ヒロの肩を一発殴った。
「ヒロ、お前強いならそう言っておけよ!」
そう笑いながら話すリーシャの目は少し潤んでいるように見えた。
「よくやったぞ!」
不意にまた別の方から声が聞こえた。
その時、ヒロはようやく周りの様子に気がついた。
いつの間にか多くの人だかりができている。
そして声の主は、その中にいた狸のような外見の背の低い冒険者だった。
「うおおおおっ!!」
彼の声をきっかけに、突然周りが騒がしくなった。
ヒロに賞賛の声を投げかける者や、ただ喜び上がっている者もいる。
中には彼の方へ走り寄ってくる者もいた。
しかし彼らがヒロの元へ到達することはなかった。
シュゴゴゴゴッ
突如彼らとヒロの間を、大きな火柱が一直線に通り過ぎて行った。
「つっ!」
感じたその猛烈な熱さは、危険信号を直感的に感じさせるほどだった。
火柱が通った道には、炎の直線が刻まれている。
ヒロはあの火柱が向かってきた方向を見た。
そこには、身体中ボロボロにも関わらず、こちらを必死の形相で睨みつける熊人がいた。
「くそっ、くそっ!絶対、殺すっっ!」
怒りを顕にしているブルは、一本の剣を握っていた。
それは赤黒い”煙”をまとっていた。
「じ、神器だっ・・」
誰かがつぶやいた。
次の瞬間、先ほどまで笑顔だった人々の顔が恐怖で引きつり、一目散に広場から離れて行った。
神器は神の”恩恵”が宿った武器であり、”恩恵”の種類によって様々な力を発揮する。
”恩恵者”と対等に渡り合える神器は、当然高価なもので、並みの冒険者には手が出せない。
一方で使用回数に制限があり、それをオーバーするとただの武器に変わってしまう。
したがって、たかが喧嘩で神器を用いる馬鹿は普通はいない。
「リーシャさん!逃げてっ!」
リーシャはヒロの腕を震えた手で掴んでいた。
だけど、逃げようとはしない。
「ヒロは?!」
「僕はここから離れないです!だけど大丈夫です」
「だけど・・」
リーシャは、一人では決して逃げようとしなかった。
本当にいいひとだ。
ヒロは地面に”煙”を送った。
”煙”は足元から彼女の方へと移動していく。
そして地面を波立たせる。
「ごめんなさい!また後で」
リーシャはバランスを崩し、地面に座り込んだ。
すると地面に作られた波が、彼女を持ち上げ、そしてヒロから彼女を遠ざけていく。
「ヒロっ!」
リーシャが離れるのを見届けると、ブルの方を向き直った。
その時、彼は剣を振り下ろす直前だった。
直感的に地面に意識を向ける。
”煙”を地面に送る。
「フンッ!」
振り下ろした瞬間、まるでカマイタチのごとく火柱が一直線に向かってくる。
ゴゴゴゴッ
しかし、地面からせり上がった壁によって間一髪防ぐことができた。
「クソッ!」
ブルはその後も一心不乱にこちらに向かって剣を振り下ろし続けた。
ヒロは壁の後ろに隠れながら、最善策を考えた。
どうすればいい。
地面を波立たせバランスを崩させ、そこを急襲するのはどうか。
いやそのせいで火柱が他の建物に当たってしまうかもしれない。
一気に決着させる必要があるんだ。
どうすればいい。
ヒロはまだ、この恩恵を理解していない。
他の3つには力の使い方を教えてくれる神様がいた。
だけど、大地の神はほとんど何も教えてくれなかった。
だから思い出すしかない。
ダンジョンでこの力がどう使われていたか。
やはり印象的なのはあの巨像だ。
しかし、あれは動きが遅い。
却下だ。
だけど、僕たちはあれに苦戦した。
それは・・・
「そうだ」
地面に両手をつく。
イメージするんだ。
地面を波立たせ、それを鋭い山の如く変形させる。
それは、どんな素早い虫でも貫く。
まるで剣山のように。
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猿人はその壁の後ろにずっと隠れている。
ブルはその状況に苛立ちを覚えながらも、その一方で優越感に浸っていた。
やれる。殺れるぞ!
しかしその安堵した気持ちは、突然揺れ始めた地面によってかき消された。
そして、それを疑問に思うより早く、ブルの身体は鋭く隆起した地面によって真上へと吹き飛ばされた。
ブルは突然のことに理解が追いつかなかった。
しかし全身に痛みが走っている。
そして頂点へ達し、来た道を落ち始める直前、何かがこちらへ向かってくるのをブルは確かに見た。
それは自分が落ちる速度より早く飛んでいた。
「くそっ!」
わずかな力を振り絞って、腕を振り下ろす。
しかし、その手は剣を握ってはいなかった。
「くそっ」
お前、嘘ついてんじゃねえよ。
6等星なわけねえだろ。
くそっ
なんで俺はこいつに噛みついてしまったんだ。
運が回ってきたんじゃねえのかよ。
くそっ、くそっ
近づく地面を見ながらブルの意識が遠ざかっていく。
そして地面にぶつかる瞬間、自分の身体が浮いたような感覚を覚えたところで、彼は気絶した。
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