第51話 猿人の少年

その日、ギルドマスターのオレクは朝から複数の冒険者とともに、入り口が塞がれた古代遺跡の調査へと向かった。


「オレクさん、やっぱりだめだ。掘っても土しか出ねえよ」

「もう少し頑張ってくれ!入り口がないはずないんだ」

その喝に、冒険者たちは小さくため息をついて、作業を続行した。


オレクは自身の見込みが甘かったことを痛感した。


昨日入り口が塞がったと報告を受けた時、驚きはしたが絶望はしなかった。

なぜなら、そこにまだ入り口がある、という確証があったからだ。


塞がれたのなら掘ればいい。

そして見よう。

後ろの空間を降りた先に広がる、植物の世界を。


しかし、入り口は深く閉ざされていた。

すでに数十メートルは掘ったが、人工物らしきものは何1つ見つかっていない。

まるでダンジョンが見つかる前に戻りたがっているかのようだ。


そんな焦燥感に浸っているオレクの元へ、一人の冒険者がやってきた。


「マスター!」

「なんだこんな時に?」

その冒険者は明らかに慌てていた。

オレクは直感的に、面倒ごとが増えることを察した。


「街の広場で、ブルが喧嘩してます!」

こんな朝早くから喧嘩かよ!

オレクは自分の身体が一層重くなったように感じた。


「クッ、あいつよりによってこんな忙しい時に・・わかった、すぐ向かおう」

オレクは遺跡は冒険者たちに任せ、丸い身体を全力で動かし街へと向かった。


ギルドマスターのオレクは、街で起こるこういった揉め事の仲裁を担うことが多かった。

それは、気の強い冒険者たちが原因のことが多いからだ。


特に、ブルには日々手を焼いていた。

短気かつ攻撃的であるため、争いの中心によくいる。

その度に注意をするが、一向に気に留めない。

さらに、今回のダンジョンでの功績でさらに態度がデカくなり、一方ギルドも彼のもたらした利益によってブルに怒りづらくなった。


「はあ、憂鬱だ。。それでブルの相手は誰だ」

気分が落ち込みながらも、オレクは自分を呼びにきた冒険者に尋ねた。


「それが見たことないやつなんですよ。猿人の少年なんですけど」

「なに?!」

猿人の少年、そう聞いてオレクは1つの顔が頭に浮かんだ。

彼の顔が青ざめていく。


「あいつを知ってるんですか、マスター?」

「いや、確証はないが、最近冒険者になった猿人の少年がいてな」

少し前に冒険者になったばかりの、2つの恩恵持ちの少年。

見込みがある少年だ。

だが、ブルを相手にするにはまだ幼すぎる!


そんな強張ったオレクとは対照的に、冒険者は少しがっかりした表情を見せた。


「あー、そいつじゃないですね」

「ん、なんでだ?」

オレクは、なぜそう断言できるのか不思議に思えた。

その問いに答えるため、冒険者はその猿人の様子を興奮しながら語った。


「だってそいつ、ブルを圧倒してるんですよ?!あれは新米冒険者の動きじゃないです」

「えっ?」

「背中に生やした白い羽をうまく使うんですよ」

「えっ?!」

話の中で形作られるその姿は、オレクが想像していたものとは程遠かった。


ブルを圧倒するほど強い、白い羽を生やした猿人の少年、か。

ヒロ、お前なのか?

結局、オレクは自分が思い描いた少年だという確証は持てないまま街に到着した。


オレクが広場に着くと、まず焼けこげた露店の残骸が目に入った。

それを見て、彼は昨日ギルドで神器を自慢するブルの様子を思い出した。


あいつ、広場であれを使いやがった。。


次に目に映ったのは、不自然に広場に集まっている人々だ。

喧嘩の後には、野次馬がちらほら残っているものだ。


喧嘩の跡は確かに見受けられる。

だが、思ったより被害は少ないな。


そんなことを思っていると、オレクの横を親子が通った。

男の子は噴水の方を見ると、首を傾げ、そして母親を見上げた。


「お母さん、噴水なおってる」

オレクはその言葉を聞き逃さなかった。


「こんにちはボク、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

突然話しかけられた男の子は、驚いて母親の後ろに隠れてしまった。


「ごめんなさいね、オレクさん。私でよければ」

「おお、ありがとう。先ほど坊やが”噴水”のことを言っていたけど何かあったのかい?」

母親は噴水の方を一瞥すると、まるで自分が見たものが正しいと確認するように小さく頷いた。


「先ほどの喧嘩で、んー喧嘩というよりは殺し合いだったかしらね。すごい迫力で。で、その中で吹き飛ばされた冒険者がぶつかって噴水が壊れてしまったんです」

「壊れたというのはどの程度でしたか?」

「正面が完全に砕けていました。ヒビが入った程度ではなかったです」

「簡単に治せる程度ではなかったと?」

「はい、おっしゃる通りです」


親子にお礼を言うと、オレクは噴水の近くに寄った。

ヒビひとつ入っていない。

オレクの目線は地面へと注がれた。

異様なほど綺麗だ。

まるで今出来上がったように。


「・・・」

彼らは嘘をついていなかった。

オレクは傷跡ひとつない大理石の噴水をじっと見ていた。



「マスター」

「ん、ああすまん考え込んでいた。よし、この調子で聞き込みをするぞ」


その後、幾つもの証言から当時の状況はほぼ明らかになった。

しかし最も肝心なこと、ブルと対峙した少年についての情報は何ひとつ得られなかった。

診療所で寝ていたブルも夕方に再び訪れると、どこかへ行方をくらませた。


日が落ちた頃、ようやくオレクはギルドの部屋で身体を落ち着かせていた。

ここまで、その少年に関する情報がないとは。

加えて、古代遺跡の入り口が閉じたことを思い出し、一層身体が重くなる。


「失礼しますね」

ふと、扉を開けてギルドの職員が入ってきた。

その手には頼んでおいたお茶が置かれている。


「おお、ありがとう」

「疲れてるね。オレクさん」

そういうと職員はオレクの前にお茶を置いた。

お茶からほのかに香る花の匂いだけでも彼を落ち着かせた。


「今日は散々だったよ」

「あー、やっぱり遺跡無くなってた?」

「無くなってたよ綺麗に。まあそれだけじゃないけどね」

「あ、もしかして喧嘩のこと?オレクさん、あいつは悪くないよ、ブルから仕掛けたんだ」

カップへ伸びていたオレクの手が止まった。


「もしかしてブルの相手を知ってるのか、リーシャ?」

赤みがかった茶髪をなびかせ、リーシャは答えた。


「え、うん、知ってるよ。ヒロっていうやつ」

疲れていた身体が、勢いよく飛び起きた。

その名前はずっと頭の片隅にあった。

二つの恩恵を持つ少年。

しかしその二つは彼に羽を与えることはない。


「リーシャ、彼は今どこに?」

もしや、私に嘘をついていたのか?

わからない。

ただ、話さなくてはいけない!


しかし、時すでに遅かった。


「ヒロならもう、この街から出て行ったよ」

「えっ、どうして?」


「んー、私のせい、かな?」





ブルは大丈夫だっただろうか?

広場を勝手に直してしまってよかっただろうか?

オレクさんに報告するべきだっただろうか?

後悔が押し寄せる。


なにモタモタしてるの。

早く行きなさい。


街から見送ったリーシャの声を思い出す。


ヒロは決して足を止めなかった。

先に見えるガリアの森へ向けて。

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