第52話 おかえり

森の中に入ると、奇妙な鳥の鳴き声が聞こえてきた。

懐かしい。

別れてから数日しか経っていない。

しかし、そのたった数日がこんなに長く感じたことは今までなかった。


茂みの方からガサガサと音がする。

現れたのは、2人のガリア族の子供だった。

森の中で遊んでいたらしい。

彼らはヒロを見つけると、走り寄ってヒロに抱きついた。

そして、彼の手を引っ張り村の方へと走りはじめた。


言葉は交わさなかったが、2人が嬉しい様子はわかった。

ヒロはそれがたまらなく嬉しかった。



村が見えてくると、ヒロを引っ張ってきた子供たちが入り口へと走っていった。

ヒロも村の方へと向かった。


村に入ると、数十人のガリア族が入り口で待っていた。

その中にはサリの姿があった。


「おかえり、ヒロ!」

そんな他愛もない一言が、ヒロが欲していた言葉だった。


「うん、ただいま・・・」

そう言った瞬間、緊張の糸が切れた。

目から大粒の涙が溢れてくる。

忘れることのできない恐怖と突然自身に降りてきた不安が瞼をどんどん熱くさせていく。


「ちょっとヒロどうしたの?!」

サリが心配で彼の元へ駆け寄った。

ヒロも大丈夫だ、と声を出そうとするが、ひきつってまともに話せない。


サリは、ただ静かに彼を抱きしめた。


どのくらい泣いていたか。

数秒にも何十分にも感じる。

ただ、ヒロは身体が軽くなったように思えた。


「ありがとうサリ、もう大丈夫」

「うん」

そう言うと、リ サリはゆっくりと腕を緩めた。


「ヒロ、何があったの?」

赤みがかったヒロの目を彼女はじっと見つめた。


「それは・・・」

ヒロは全て打ち明けたい衝動に駆られた。

そもそも、なぜ話してはいけないのかわからない。

しかし、自身に何かを託したあの神様のことは忘れることはできなかった。


「言いたくなければいいよ」

ヒロの心のせめぎ合いを感じ取ったのか、サリはそう答えた。


「ごめん」

「謝らないで、無理に話させたくないもの。さあ、ガリア様に会いに行こ」

リカはそう笑いながら言うと、ヒロの手を引っ張り、広場にあるテントへと向かいはじめた。


テントの中では、リカとシアが何やら真剣な様子で話し込んでいた。

しかしヒロの顔を見ると、一気に表情が明るくなった。


「おかえりなさい、ヒロさん」

「おーヒロ、おかえり」

ヒロは再び涙腺が緩くなるのを感じた。

しかし、先ほど泣き尽くしたのか涙は出なかった。


「ただいた、リカさん、シア。それより、話に割り込んじゃってごめんなさい」

「いいんだ。些細なことだ」

「いや、些細なことではないぞ」

突然、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


「ガリア様?!」

リカが驚いた様子で声の持ち主の名を呼んだ。


「ヒロ、話がしたい。俺の部屋に入ってくれ」

その声は、似つかわしくなく真剣だった。


ヒロは言われた通り、テントの奥、ガリちゃんの部屋に入った。

ガリちゃんは自分のクッションの上に座っていた。


「ヒロ、迎えに出なくてすまなかった。びびっちまってよ」

「どういうこと、ガリちゃん?」

ヒロは自分を見るその狼神の目が前までとは違うことに気がついた。


「ヒロ、お前何したんだ?というか、どこで会ったんだ、その強大な力と」

それはおそれに近かった。

ガリちゃんはヒロにおそれを抱いていた。

知らないことは恐怖だ。

だからガリちゃんは聞きたかった。

彼に何があったのかを。


しかし、ヒロの意志は堅かった。


「ごめんガリちゃん、それは言えない」

「どうしてだ?言いたくないことなのか?」

「違う、言われたんだ。誰にも話さないでくれって」

そう言った瞬間、ガリちゃんの目が一瞬大きくなった。


「・・そうか、なら仕方がない」

そう言うと、ガリちゃんは顔を和らげた。


「またお前、無茶したんだろ?」

「・・わかる?」

「なんとなくな」


ヒロはゆっくりとガリちゃんに近づき、その小さな身体を優しく抱きしめた。

ガリちゃんもヒロに身体を預けた。


「おかえり、ヒロ」

「ただいま」


ガリちゃんの温もりを充分に得たヒロは、身体を離しながら彼に尋ねた。


「そしたら話っていうのは終わり?」

「いや、正直ここからだ」

ガリちゃんはそういうと、再び真剣な顔つきになった。


「これは俺たちガリア族にはほとんど関係ない。街の連中もだ。ただ、ヒロ、お前自身には関係があるはずだ」

「・・教えてガリちゃん」

「ああ、イライザっていう女の子は知ってるな?」

その名前を聞いた瞬間、ヒロの心臓は一瞬止まった。


「ガリちゃん!どうしてイライザを・・イライザと会ったの?!」

心臓がバクバクと音を出している。


「いや、俺は会ってない。あのガキと大樹の神が会ったそうだ」

「ガキって、ヨウちゃんのこと?」

「ああ、そうだ」

「それはいつのこと?」

「3日前くらいだ」

生きてる・・

イライザは生きている。


地上に帰ってもヒロの気分は落ち込んでいた。

それはイライザのことが心配だったからだ。

しかし、あの2人だったらなんとかしてくれる。

ヒロは前のめりになっていた身体を戻した。

ヒロは、ようやく心を落ち着かせることができた。


「お前、蚕の神からも"恩恵"もらっただろ」

「リリーのこと、知ってるの?」

「・・あいつの呼び名は知らんかった。で、もらったろ」

「うん、よくわかったね」

「神だからな。"煙"が見えなくても、感覚でわかる。だからヒロが村に来た時ここからでもわかった。ヒロがとんでもないのを持ってきやがったってな」

「・・リリーも無事?」

「ああ、大丈夫だ。その娘と一緒にいる」

「よかった」


ヒロは一呼吸おくと、ずっと知りたかったことを聞いた。


「2人はいま、どこに?」

「実家に帰ってる」

ヒロはその答えを聞いて少し寂しかった。

ただ、無事お母さんのところへ帰れたことにホッと胸を撫で下ろした。


「そっか、それはよかった」

「いや、それが良くないんだ」

ガリちゃんは座り直すと、重い口を開いた。


「あの娘の地方では、種族同士の争いが絶えずおこっていたんだ。以前は喧嘩ぐらいのかわいいもんだった。ただ、少し前から喧嘩の規模には到底収まらなくなってきた。死んだやつもたくさんいる。そしてついに最近神器が使われ始めた」

神器、その言葉にヒロはブルが使っていた剣を思い出した。

あれは決して人に対して使ってはいけないものだ。


「イライザの家は大丈夫なのかな?」

「いや、それがわからない。だからその娘はそれを知った途端、すぐに行ってしまった」

イライザに危機が迫っている。

それは確かだ。

そして、ガリちゃんが自身に何が言いたいのかヒロにはなんとなくわかった。


「俺たちはこの戦争に何もすることができない。他種族が介入すればもっとややこしくなる。だから彼女を助けられるのは、ヒロしかいない。もちろんこれは強制ではない、ただ・・」

「行くよ、もちろん。2人は大切な友達だ。それにいい人たちなんだ」

「・・ほんとにいいのか?」

ヒロの意志は既にかたまっていた。


「うん」

「・・ヒロはそういうと思った。そしたら行き方を教える。方向はエレーネの街の反対。場所はオルカンティノ山脈だ」

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