第53話 閑話 ブルのその後

狸人の冒険者は、日頃からブルにこき使われていた。

体が小さく、実際に力も弱いため、舐められていた。


買い物のパシリは良い方だ。

悪い時は、道中で先を歩き危険がないか確認させられていた。

何度も危険な目に遭っていた。

ただ彼がそれに従っていたのは、そうした方が怪我をすることが少ないからだ。


古代遺跡から帰ってくると、さらに彼は自己中心的になっていった。

形で風を切りながら街を歩き、他の冒険者が少し彼を見ただけで一方的に喧嘩を吹っかけた。

お酒が入るとさらにタチが悪くなるのは、いうまでもない。


だから彼以外にも、この街の多くの冒険者はブルを嫌っていた。

しかし、彼らは何もできなかった。


そんな状況は、一人の小さな猿人によって変わろうとしていた。


狸人は必死に今起きていることを見ようとした。

あのブルが、一方的にやられている。


白い羽を生やした猿人が、俊敏な動きでブルを翻弄している。

加えて、1つ1つの攻撃も力がこめられ、確実にブルにダメージが蓄積されている。


「あっ!」

近くの誰かがそう言葉を発した。

ブルの巨体が勢いよく吹き飛ばされ、噴水にぶつかった。


ブルは立ち上がらなかった。


狸人の中でこれまでブルにされたことへの怒りが沸々と煮えたぎった。

それは言葉にせざるを得なかった。

周りの目など気にしなかった。


「よくやったぞ!」

彼の想いは周りの冒険者にも波及していった。

それぞれが思い思いの方法で喜びを表していた。


しかしそんな喜びの時間は束の間であった。


シュゴゴゴゴッ

広場を一本の火柱が横断した。


その出現先を見て、冒険者たちは息を呑んだ。


「じ、神器だっ・・」

その誰かの小さなつぶやきは冒険者たちを現実に戻すには十分であった。

彼らは一斉に広場から離れた。

しかし、狸人は逃げる中、その少年だけがその場に止まっていることに気がついていた。


広場から離れると様子は見えなくなった。

ただ音だけが聞こえてくる。


火柱が地面を削る音。


しかしある瞬間、街にいる人々は地面が揺れる音を聞いた。

それは地面が軋むような、それとも何かが地面から上がってくるような音だった。

いずれにせよ、それが最後の音となった。


音がしなくなり、冒険者たちは恐る恐る広場に戻った。

するとそこにはその猿人が、倒れたブルの身体を必死に起こそうとしていた。

思わず狸人の冒険者は彼らの元へ走り寄った。


「あの、ブルはどうなった?」

そう聞かれた猿人の少年は、突然あたふたし始めた。


「大丈夫!生きてるよ!」

その少年はブルが死んでないことを慌てて説明した。


そんな様子を見て、狸人はなぜか彼に親近感を湧いた。

一方その猿人はなんとかブルの身体を起こそうとしていた。


「あの、診療所ってどこかにある?」

「えっ、あっちに」

「よかった、ありがとう」

狸人はその猿人が何を聞いているのかわからなかった。


「もしかして、ブルを運ぶの?」

「えっ、うん」

どうして?

なぜ自分を殺そうとした相手を助けるんだ?

狸人にはわからなかった。

しかし、必死にブルを運ぼうとするその少年を見ると、手伝わざるを得なかった。


途中から数人の冒険者も手伝い、その巨体をまるで神輿のように診療所へと運んだ。



数時間後、ブルは目を覚ました。

「っつ・・!」

なんとか痛みに堪えて、身体を起こした。


「あ、起きた」

「・・お前か」

ベッドの横には、遺跡でひと足先に地上へ戻った女がいた。


「なによ、せっかく来てやったのに」

「・・ここは?」

「診療所」

それを自分でも確かめるため、ブルは周りを見渡した。

そして、赤みががってる窓の外の景色を見て、自分がしばらく寝ていたことに気がついた。


「・・・お前が運んだのか?」

「まさか。あんたが喧嘩してた奴よ」

それはブルには屈辱的だった。

完敗したうえ、身体を心配されるとは・・


「あ、だけど彼だけじゃないわよ。他の冒険者も数人一緒に運んでたわね」

それはさらに屈辱的だった。

気絶してる自分の姿を決して誰にも見られたくはなかった。


「そん中にね、あの狸のやつもいたわよ」

それを聞いて、これまで散々こき使ってきたちっちゃい冒険者が頭によぎる。

憤りが込み上げてきたが、それはすぐに引っ込んだ。


「・・・そうか」

「あれ意外。イライラしないなんて」

代わりにブルの中で溢れたのは恥ずかしさ。

だけどそれがなぜなのか、ブルは最初わからなかった。


しかしそれが自分が小さな人間であると自覚したから、と気がつくのはそう遠くない。

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