第32話 ウォークラリー
新しい見方を知ることは、この世界の価値すら変えるんだなあ。
ヒロは、歩きながらそう思った。
昔ここで文明が発達し人が住んでいたことを知ったおかげで、自然の随所に人工的な物があることに気づき始めた。
茂みかと思っていたものが、よくよくみると建物の残骸だったり、植物の壁かと思っていたものは、実は石像であったり、と昔のものを見つけていくのは面白かった。
しばらく歩いているとようやく柱を見つけた。
走り寄って、そこに刻まれている彫刻の模様をみる。
その柱には、花びらが長い植物の模様が彫られていた。
早速このマークを地図上で探した。
「あった!」
地図の右下に柱と同じく花びらが長い植物のマークを見つけた。
残念ながらこのマークは主道路を示してはいなかった。
主道路に囲まれた地域の、短い小道路だった。
ただ、ヒロはそんなことを憂いている余裕はなかった。
柱の近くに道路がある、という仮説を立証しなくてはいけなかったからだ。
ゆっくりと、地面の植物たちを退かしていく。
だんだんと地面が顕になる。
すると、石が規則的に置かれているのが見えた。
それらは、明らかに人為的な並べ方だった。
それは間違いなく道路だった。
「ふう」
安堵のため息をこぼし、さらに道路の表面を綺麗にしていく。
石畳の道は途切れることなく繋がっていた。
ヒロ植物たちによって隠されていた道路の上を進んでいく。
道路を歩いていると、昔の人々の生活がより一層想像できる。
きっとこの道路を挟んで住居が立ち並び、人々が交流していたんだろう。
昔の人々が使っていた道を通っていることに感慨深い思いを浮かべながら歩いていると、T字路に差し掛かった。
合流地点に柱があったので、近寄って見てみる。
そこにはネズミのような姿をした動物が彫刻されていた。
地図上で探してみると、最初の柱の左横にそのマークを見つけた。
ここも主道路ではないらしい。
しかし、この2つの道路から方角を導き出すことができた。
T字路を右に曲がり、再び歩き出す。
そこからは、地図と柱を頼りに、一番近い主道路を目指す。
時折、動物に出くわしそうになったり、倒れた巨大植物に道が塞がれていたりしたが、なんとか主道路へと出た。
その道路はちょうど中心地から真下へと伸びており、地図上では一番幅が広く描かれている。
確かに今まで通った道路よりも石の粗さが小さく、見栄えが良くなっている。
また、道路の側に植物に覆われている柱がいくつもあり、それらは他の柱と比べ明らかに高さと幅がある。
そしてその柱たちには、共通して一人の男性が彫刻されていた。
ヒロは道路を歩きながら、ようやく中心部にいけることに嬉しさと同時に不安も感じていた。
もし、何もなかったらどうしようか。
自然と歩く足が重くなっていく。
「*******!!」
突然、前方から何かの声が聞こえてきた。
何を言っているかはわからないが、それは明らかに人の声だった。
ヒロはようやく人に会えた喜びに溢れながら、声が聞こえた方へと走っていった。
しかし、そこに感動的な出会いはなかった。
「うらぁ!アッハッハ!」
だんだんと近づくにつれて、声の主が見えてきた。
その人間は巨大な生物の首元に何度も剣を突き刺していた。
どうやら性別は男で、熊のような外見をしている。
しかし、ヒロが知っている熊よりも身体が細い。
進化する過程で、身軽になったに違いない。
熊人の男は、首元から噴き出る血で顔を真っ赤に染めていた。
ヒロは、その男の狂気じみた行動にあっけに取られて、思わず茂みに隠れてしまった。
様子を伺おうと周りを見渡してみると、離れたところで一人の女が小さくうずくまっているのが見えた。
ヒロは、その子の身体から出る青白い”煙”をみた。
彼女は”恩恵者”だ。
そんな彼女の身体は震えている。
何かに怯えている様子だ。
ヒロは彼女の様子を見るため、ゆっくりと距離を詰めていった。
近づいてみると、彼女の周りを何かが飛び回っているのが見えた。
しばらく見ていると、それがヒロのもとへと飛んできた。
それは、蝶みたいな見た目をしていた。
しかし、耳のような部分が大きく、羽が白くてふさふさしている。
どこかで見たような気がするが思い出せない。
その蝶のような虫は、ヒロの少し前で空中に止まり、じっと彼の方を見ている。
興味本位でヒロが手を伸ばして触ろうとすると、すぐにその虫はうずくまる女の元へと飛び去っていった。
それは彼女の肩に降りた。
突然、それまでうずくまっていた彼女が顔をあげた。
その視線は確実にヒロの方へと注がれていた。
彼は咄嗟に茂みの中へと隠れたが、どうやら遅かったようだ。
彼女は男の方へとむかい、こちらを指差して何かを説明している。
男は冷静な顔つきになり、生物の死体から降り、剣を構えながらヒロが隠れる茂みの方へと歩いていく。
その男の強靭な身体つきと、鋭い目つきを見てヒロは悟った。
逃げられない。
短い呼吸をして、ヒロは茂みから身体を現した。
万が一のために、”煙”を意識しながら。
突然現れたヒロの姿にその男は一瞬驚き剣を構え直したが、すぐに剣をおろした。
「あん?!お前猿人じゃねえか」
そういうと、頭を掻きながら後ろを振り向き、女を怒鳴りつけた。
「てめえ、どこが強そうなんだよこいつがぁ!俺がこんなヒョロヒョロの猿人より弱いとでも思ったのか、あぁ?!」
熊人はそう言いながら女の方へと近づいていく。
ヒロは彼女を改めてみた。
その子は僕と同じくらいの年齢の猿人の女の子だった。
身体はやつれて、顔はあざだらけだ。
男が近づいてくるごとに、彼女の顔が恐怖で引きずっていく。
その男は、加減なく彼女の腹を蹴りつけた。
勢いよく後ろに飛んだその子は、あまりの痛さにすぐには起き上がれなかった。
そんな様子をただ呆然と見ていたヒロの方へ、男は改めて向き直した。
「で、誰だお前」
その低い声は、彼の身体をこわばらせるのには十分だった。
ヒロは唾を飲み込むと、言葉遣いを間違えないように自己紹介を始めた。
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