第57話 繭
どんよりとした曇り空が果てしなく続く。
まるでイライザの心境を映し出しているようだった。
リリーから山脈の麓で何が起きているのか知った時、一瞬彼女の心臓は強く締め付けられた。
しかし次の瞬間にはバクバクと激しい鼓動を打ち始めた。
お母さん・・・
焦燥感から目頭が熱くなる。
しかし、涙は流れなかった。
それはヒロへの罪悪感に全て使い果たしたからではない。
彼女は決意したからだ。
彼に救ってもらった命を、今度はお母さんを、みんなを救うために使うんだ、と。
その思いは、イライザの足どりと羽ばたきをさらに強いものにしていた。
たびたび休憩しながらも、旅立った日の翌日、陽が沈む頃、イライザは山脈の麓に辿り着いた。
「あそこ・・・」
周りが暗くなる中、異様に明るい場所が一箇所あった。
それは灯りとは違う。
近づくにつれ、それが町を侵食する炎であることがわかった。
「急ぐよイライザ!」
「うん!」
町のみんなが無事でいることをただただ願いながら、イライザは必死に羽を動かした。
上空から見る町は、無惨な姿に変わり果てていた。
建物が焼かれ壊され、人々の声で溢れていた綺麗な街並みは既になくなっていた。
そんな町の中をゆっくりと歩く二つの影を見た。
猿人より一回り大きい体格、そして身体を覆う鱗。
まさしく彼らは竜人だった。
「あいつらね」
リリーが小さく呟いた。
イライザは緊張した面持ちで彼らを見ていた。
突然、一人が腕を横に振った。
次の瞬間、空気が波打つのが見えた。
その波は一瞬にして建物に衝突し、外壁の真ん中に大きな穴を開けた。
そしてそこから建物が崩れ始め、瓦礫の山となった。
それは明らかに人間の力ではなかった。
リリーは、自身と同じ神の力を宿した彼らにひとり危機感を抱いた。
イライザもその様子に固唾を飲んだ。
同じく、もう一人も腕を振った。
空気の波が建物へ向かっていく。
しかし、今度は家に穴は開かなかった。
代わりに波が当たった瞬間、建物が炎に包まれた。
「ひどい、なんてことを」
イライザが嘆いてる中、リリーは辺りを見渡した。
すると大通りに面する家の屋上に二つの影を見つけた。
「・・・イライザあそこ!赤い家の上!」
イライザはリリーの口頭での情報を頼りに、その家を探した。
しかし彼女がようやく見つけた時には、竜人は既に隣の建物を半壊させていた。
危ない!
イライザの身体は勝手に動き出していた。
羽をはばたかせ、一直線に屋上へと向かった。
そこには親子の姿があった。
「大丈夫、大丈夫だからね」
息子を腕に包み、必死に自身の身体で守ろうとする父親と母親がいた。
「大丈夫ですか?!」
いきなり声をかけられ、その母親はイライザを怯えた様子で振り向いた。
しかしイライザを見ると、彼女の顔は一気に穏やかになった。
イライザは彼女をよく知っていた。。
「・・・おばちゃん?」
「イライザちゃん、どうして?!」
彼女はこの町で商いをしており、イライザはこの町にお使いに来た際、よく彼女が作ったお菓子を買っていた。
イライザは3人全員を助ける方法を必死に考えた。
しかし、母親は白い羽を生やしたイライザの姿を見て、さまざまなことを察していた。
「・・・イライザちゃん、息子だけでも逃してあげて」
その表情は覚悟を決めていた。
「何を言って…」
「イライザ来るっ!」
その悲鳴に近いリリーの声に、イライザは本能で応えた。
親子のそばに走り寄り、そして羽に意識を注いだ。
それは一瞬であった。
イライザの白い羽が形を崩し始め、代わりに現れたのは無数の生糸。
まるで編み物のように白い羽が解かれていく。
そしてかつて羽を形成していた細い糸たちは、イライザたちの周りを囲み始めた。
その大きな繭が完成した時、竜人が放った波動が彼女たちがいる建物に直撃した。
崩れる建物と共に落下する中、イライザはひたすら生糸たちに神経を注いだ。
必ず守り切る、という強い意志を持って。
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