第58話 竜人

繭がクッションとなり、イライザたちに怪我はなかった。

しかし問題はその真っ白な卵状の物体は、荒れ果てた町の中では目立ちすぎた。


イライザは解かれていく繭の隙間から、二人の竜人がこちらへと歩いてくるのを見た。

彼女は自身の身体が強張っているのを感じた。

しかしイライザには、恐怖におののく余裕すらなかった。


「おばちゃんたちを逃がさないと、リリーちゃん!」

「イライザはどうするの?!」

「今は私じゃない!」

そう言った彼女の目つきは以前のものとは違っていた。

昔はもっとオドオドして下ばかり向いていた。

しかし今は、真っ直ぐ前を見て自分のすべきことに向き合っていた。


リリーは彼女の成長に嬉しさと共に一抹の不安を覚えた。

しかし、彼女は大切な友達の嘆きに全力で応えることにした。


「わかったイライザ、あなたが壁になりなさい。羽を広げて3人が物陰に隠れる時間を稼ぐのよ」

イライザはその提案を二つ返事で承諾した。

そして彼女は親子に作戦を伝えた。


「イライザちゃん、だけどあなたは…」

イライザは母親の言葉を最後まで聞かなかった。

意志は固かった。


繭を解き始めると自身の背中に再び戻っていく。

同時に3人か隠れるように一瞬で羽を形成し、そして羽に神経を注ぎ、さらに大きくしていく。

飛ぶにはあまりに大きすぎるが、親子を隠すには十分であった。

ありがとう、という呟きと共に遠ざかる足音を聞くと、イライザは前方に集中した。


道に佇む二人の竜人たちは彼女をじっと見つめていた。


「猿に翼は似合わないな」

一人がぼそっと呟いた。


「羽です」

時間を稼ぐために、イライザは声の震えを堪えながら答えた。


「なるほど、それならばお似合いかもな」

そう言った時、一瞬口元が緩んだ。

イライザは自分が舐められていることを自覚した。

頬に冷や汗が流れる。


「ここの住人だろ、他の奴らはどこに行った?」

もう一人の竜人がイライザに尋ねた。


「知らないです」

「・・・まあ言うわけがないな」

「力づくで吐かせよう」

そう言うと、一人が身体を前に少し倒した。


「来るっ!」

リリーが叫んだ次の瞬間、竜人がものすごい速さでイライザの方へ走り寄った。

イライザは羽を縮ませ、全力で後ろに身体を逸らした。

首を掴むために伸ばされた、鱗に覆われた竜人の手は空を切った。


避けれたことに安堵するのも束の間、壁の役割を放棄したことに気がつき、慌てて後ろを振り向いた。

3人の姿はもうなかった。


「どこを見ている?」

その言葉と共に、イライザの脇腹に衝撃が走った。

強烈な殴打にイライザの身体は吹き飛ばされた。


「イライザっ!」

地面に伏せながらイライザは、竜人が生まれながらに与えられる突出した身体能力のことを思い出した。


イライザは距離を置くために、脇腹を抱えながら空へと逃げた。


「ほう、空中戦か」

そう言うと、竜人はイライザを追い始めた。

背中に生やした翼を羽ばたかせながら。


イライザは、下から追ってくるその姿に恐怖を感じざるを得なかった。


「逃げてみよ」

その言葉を聞くまでもなく、イライザは踵を返し全速力で飛び出した。

追いかける竜人は、口元を緩ませた。


「虫ケラなんぞはたき落としてくれよう」

二人の距離はどんどんと狭まる。

しかしリリーの指示によって、イライザは竜人の攻撃を間一髪で避け続けた。


地上で見ていた竜人は最初余興程度で見ていた、空中での追いかけっこが一向に終わらないことに次第に苛立ちを覚え始めた。


「いいから、早く終わらせろ!」

そう言われた竜人は不満そうな表情を地上へと向けた。

そしてため息をつくと、空いた距離を一気に詰めるべく全身を震わせた。


竜人の才能は、身体能力を故意的に引き上げることができる本能。

身体を震わす、つまり筋肉を常に動かせる状態にすることで脳から出た命令に、より早く、そしてより強大な力で応えることができる。


その結果、先ほどとは比較できないほどの速さで竜人は空を移動した。

イライザから見れば、突然後ろに竜人が現れたかのように見えた。

リリーの指示も間に合わなかった。


イライザは脚を掴まれると、身体を振り上げられ、そして地面に勢いよく叩き落とされた。


「繭を!」

リリーの絶叫に、イライザはなんとか応えた。

地面に落ちる寸前、自身の身体を繭で包んだ。


ボキッ

しかし、衝撃は完全に消すことはできなかった。

言葉にならない痛みが電気のように全身へ広がり、特に右腕には力が入らなくなった。

「っっあっ!」


痛みに意識が飛びそうになる中、イライザは髪の毛を掴まれ無理やり頭をを起こされた。


「さあ、町の奴らはどこにいる?」

しかし、イライザは答えなかった。

答える余裕もなかった。


「ちっ、完全に伸びてるな」

「少しやりすぎた。。。そういえば、向こうの方に一軒家を見つけたぞ」

その竜人の何気ない報告は、イライザを現実に引き戻すには十分であった。


「一軒だけか、まあ行ってみるか」

「・・・ない」

「ん、なんだ?」

「・・・行かせない」

イライザは必死に身体を揺さぶり抵抗した。


「暴れるな!」

そう言うと、イライザの頭を地面に叩きつけた。


「イライザっ!」

リリーの声はもう彼女には届かなかった。


「おい、やりすぎだ」

そう注意しながらもその竜人は、意識を飛ばす前、必死に抵抗するその猿人の顔をしっかり見ていた。

恐怖に侵食されながらも、瞳だけは自分たちを睨みつけるその顔を。


何かある。

竜人の一人はそう確信した。


「その家に向かうぞ。猿人も連れて行く」

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盲目の少年は異世界をみる 牛田 創 @HajimeU

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