第56話 使命

夢を見ていた。


岩でできた怪物たちから飛びながら逃げる夢。

彼らは大地の分身の如く地面を変形させ、攻撃を仕掛けてくる。

ひたすら避けながら、出口を探す。

そんなものはどこにもない。

密閉されたドーム上の空間。

体力はつき、地上へ落ち始める。

地面が近づく。

思わず目を瞑る。


バッ

羽が羽ばたく音。

しかしそれは自分のよりも大きく、そして一瞬だった。

地上へ落ちる感覚はなくなり、代わりに誰かに抱えられている心地よさ。


イライザ

自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。

それに驚きながらもゆっくりと目を開けようとする。

突然視界が明るくなる。

あまりの眩しさに視界が霞む。


イライザ

しかし、そこに自分を見下ろす人影を見た。


イライザっ

わかってる。

わかってるよ。

今目を開けるから。

しかし、その人影は視界がはっきりするほどに薄れていく。


待って。

消えないで。


イライザっ!

その人影が最後に少し微笑むのが見えた。


待ってっ!



「イライザっ!!」

イライザは目を開けた。

視界にも誰にもいない。

しかし、大切な友達の声。


初めに頬を伝う涙の感覚。

次に、手に触れる草の感触と爽やかな風の香りがやってくる。


ああ、そうか。

戻ったんだ。

生きて帰ってこられたんだ。


イライザはなんとか身体を起こそうとする。

しかし、全身の痛みがやってくるのと同時に身体に力が入らないことを実感した。


「無理しないで寝てなさい!」

リリーの怒った声が聞こえる。

しかし、その声は震えていた。


「よかった。ほんとによかった」

「リリーちゃん・・・」

「もう大丈夫よイライザ、、、ええ、ありがとう助かるわ」

リリーが間を置いて話した内容は、明らかに自分に向けていない。


「・・・誰かいるのリリーちゃん?」

「ええ、私たちを助けてくれた神たちがここに」

少し困惑していると、そんなイライザの身体の近くにあった草がするすると伸び、そして集まり始めた。

それらは小さな手の形になると、ゆっくりとイライザに近づいた。

思わず彼女は目を閉じた。


しかし、その手はイライザの頭をゆっくりと撫で始めた。

彼女はその時、人の温もりを感じた気がした。


「ちょっと、イライザを怖がらせないでよ」

リリーが誰かと話す声が聞こえる。

そんな彼女の声を聞くだけでも、イライザは喜びが込み上げてきた。


しかし、ふと物足りなさを感じた。

次の瞬間、イライザは息を呑んだ。


「ヒロ、ヒロさんは大丈夫なのリリーちゃん?!」

しかし返答はすぐにはなかった。


「・・・わからない。ヒロは、私たちを助けてあそこに残ったわ」

イライザの身体は一瞬硬直し、そして力が入らなくなった。


イライザは頭のどこかでは理解していた。

転移陣は1人しか移動できない。

自分が戻ったと言うことは、そういうことだ。


イライザは自分を責めた。

彼女の目から涙が溢れてくる。


私をあそこから救い出してくれた。

遺跡から、そしてなによりブルの元から。

一緒にいたのは短い時間だった。

だけど、彼は私のために全力で立ち向かってくれた。

それなのに、わたしは。


「ヒロさんに、なにも、なんにも恩返しできなかったよ、リリーちゃん」

イライザは自分の不甲斐なさが悔しかった。


「イライザ、あなたは悪くない。何も悪くないわ」

リリーは彼女にただ言葉を投げかけるしかできなかった。


リリーは知っていた。

イライザが地上へ戻ったのには意義があることを。

彼女の故郷を、家族を守らなくてはいけないことを。


リリーはひたすらイライザを見守った。

大きな使命を持った友達の姿に、ひとり心痛めながら。

 

イライザが悔し涙を拭き、身体のだるさを忘れ始めたその日の夜、リリーは彼女に故郷のことを話した。

彼女たちは翌朝旅立った。

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