第55話 麓

日が落ち始めた頃、ヒロは遠くに見える巨大な山脈の、その佇まいに改めて驚きを覚えた。


遠くに見えていたその山脈は、近づくにつれその雄大さを表し始めた。


これは、すごいな。

ヒロがそう感じたのは、山脈の万物を見下ろすその佇まいだけではない。


山脈の雪解け水がつくった川が草原を分ち、その周りに幾多の種類の草花、そしてそれらを食べる大小さまざまな動物がいる。


夕日によってオレンジ色に染めあげられた山脈と川のせせらぎのコントラストは、まさに自然が作り上げた芸術作品のようだった。


日が沈んでも、山脈の麓に広がる景色はなかなかに美しいものだった。

水面に空の星と月の光が映る川は、まるで地上に現れた天の川のようだった。


ヒロは時折、休憩がてら寝転んだり川の上を飛んだりしながら、その美しい景色たちに心を躍らせた。


そして朝日が山脈を照らした頃、前方に数軒の家屋が見え始めた。


ついた!

ヒロは走るギアをあげ、全速力で向かった。


しかし、近づくにつれてその異様な様子に気がついた。


そこにはかろうじて原型を保っている建物と、崩れ落ちたであろう多くの家屋の残骸の集まりがあった。

ヒロは恐る恐る、その死んだ町の中へ入った。


ばらばらに壊された家の支柱や、焼け焦げた外装、凹んだ地面とそこから長く伸びた亀裂。


これは明らかに人為的なものだ。

しかも、神の力をつかった何かだ。


ヒロは町中を歩き回った。

もしかしたらまだ誰かいるかもしれない。


しかし、結局誰もいなかった。

生存者も、死んで倒れている人も、見当たらなかった。


町の人はうまく逃げたのかもしれない。

少し希望を持つと、ヒロは羽を生やし空に昇った。


来る途中の町で、ヒロは地理的な情報を少し得ていた。

二つの陣営はオルカンティノ山脈の南と北の麓に分かれている。


一方が南北地域に住む猿人たち。

もう一方が北方地域に住む竜人たち。


真ん中に山脈がそびえ立つため、彼らの交流は制限されてきた。

しかし今、そのような過去が嘘のように彼らは日々戦っている。


ヒロは飛んでみて改めてオルカンティノ山脈の大きさに舌を巻いた。

山脈の中腹部から雲がかかっていて全体すら見えない。


飛んで超えるのは到底無理だな。

そんなことを考えながら、ヒロは周りに人の気配がないか見渡した。


しかし視界が開けただけで、何かが動いている様子は見えない。

人の視力には限界がある。


うーん、もっと目が良くなれば・・・あっ


ヒロは試しに、ガリちゃんからもらった身体能力強化の力を両目に集めてみた。


ドクン

目が熱くなり、驚きで思わずヒロは瞼を閉じた。


そして彼が再び目を開けると、そこには全く違う景色が広がっていた。

全てがさらにはっきりと色彩を帯びはじめた。


木々の葉一枚一枚が独自の形を持ち、朝日を反射する朝露がはっきりと表れる。

眼下に崩れている家屋の中に落ちているお皿の模様がわかる。

走ってきた方を見れば、途中で立ち寄った町の入り口を往来する人が見える。


まるで世界が縮んだような感覚に、ヒロは興奮した。

しかし、その高揚感は長くは続かなかった。


「うっ」

ヒロはすぐに吐き気を覚えた。

世界があまりにくっきり見えたことで、今までとは比にならないほどの情報がヒロの脳に流れ込んだからだ。


頭痛が始まり、目の奥がズキンズキンと痛む

まるで膨れ上がるようなその感覚を覚え、すぐにヒロは能力を解こうとした。


しかし解く直前、視界の先にある平原に一軒家を見つけた。

そこに人影を見つけた。

猿人とは明らかに体格の違う人間。

いくつもの砂埃を巻き上げながら、その人間は何かを追っている。


砂埃の中からふと一人の人間が現れた。


その瞬間、ヒロは息を呑んだ。

幻覚かとさえ思った。

しかし、目を見開きヒロはしっかりと確認した。


その人間は、白い”煙”をまとっていた。


「イライザっ!」


ヒロは、羽に全神経を集中させた。

その白い羽は、大きく、しかし一瞬で数回羽ばたいた。


それは彼の身体を最高速度に持っていくのに十分だった。

ヒロの身体は銃弾のように、一直線に飛び抜けた。

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