第11話 エレーネの街
リカに案内された村の倉庫には、いくつか猿人用の服があった。
どれでも使って良いと言われたので適当に見繕う。
制服を脱いでいると、ふと思い出したことがあった。
「そういえばさヨウちゃん、”煙”のことなんだけど」
先ほどは途中でリカに話しかけられたり、前日譚を聞いていたりして最後まで質問できていなかった。
「色とか、色が濃くなるとか、”煙”にはどういう性質があるの?」
「えっとね、まず色はその”恩恵”の性質を表しているの。で、”煙”が濃くなるのは、”恩恵人”が自分の”恩恵”を使う時。ヒロが気絶する前、シアの”煙”が濃くなったの見た?」
「うん、見た!なるほど、そういうことだったのか」
「それでね、あともう一つ”煙”には性質があって、それは大きさ」
大きさ?
どういうことだろうか。
「広さ、って言ったほうがいいのかな?まあいいや。”煙”はね、もらった力の強さに比例して大きくなるの。だからほんのちょっとだけもらった人の”煙”は小さいし、逆にいっぱいもらったらそれだけ大きくなる」
「へえ、ちなみにシアの”煙”はどのくらいの大きさなの?」
「うーん、普通よりは大きいかな。人の中には神と同等の力を持つ人もいるけど、その人たちの”煙”は何百倍も大きいよ。あたしも見るとちょっとびびっちゃう」
何百倍?!
そんなのかなり遠くからでも見えそうだ。
絶対に会いたくない。
「ありがとうヨウちゃん、”煙”について理解できたと思うよ」
「よかった。そしたらあたしこの中探検してくる」
そういうとヨウちゃんは元気に走って行った。
しばらくヒロも服を見ていた。
色々見てはみたものの、結局暗めの青色のシャツと黒いパンツ、茶色のブーツというシンプルなコーディネートに落ち着いた。
「まあこんなもんかな。ヨウちゃんこんなのどうかな?」
倉庫内を探索していたヨウちゃんはヒロの姿を見ると、愉快なものを見たかのようにニコニコした。
「おーすごい!こっちの人みたい。 んー だけどぶかぶかしすぎじゃない?」
確かにシャツは一回り大きい。
ただ色が気に入っていた。
「あ、そしたら、これ使ってみれば?」
ヨウちゃんが指差した先にはいくつかベルトがあった。
「ベルトかあ。いいかも」
装飾部分を前にしながら腰に回してみると、着心地はかなり良くなった。
「うん、バッチリ決まっている!」
「ありがとうヨウちゃん、よしそしたら街へいこうか」
ガリア族の村を後にし、一時間ほど歩くと森の出口が見えてきた。
だんだんとひらけていく景色に心が踊った。
「おー!綺麗だなあ」
目の前には左右を山に囲まれた広大な草原が広がっていた。濃淡の異なる緑と、点在するレンガ造りの家、そして水面がひかる小川のグラデーションが美しい。
そして草原を二つに分けるように伸びている道が、緩やかなカーブを描きながら街へと向かっている。
そして目的地である小さな街は、周りを壁に囲まれていた。
見晴らしがいいなあ。
いやこれは、見晴らしが良すぎる。
「・・ねえヨウちゃん、街の人たちこの森のこと見張っている、ってことないかな。見晴らしがいいから何かあったらすぐわかると思うし」
恐る恐る聞くと、ヨウちゃんもハッとしたようだった。
「うん、きっと誰か見てると思う。多分ヒロにも気づいてる」
「やっぱりかあ」
ガリア族と関係があると思われるだろうか?
いや、ただ森から出てきただけだ、確証はしていないはずだ。
良い言い訳を考えなくては。
近づけば近づくほど、街の大きさを実感した。
小さな街といっても、多くの人々が住んでいるのだろう。
そして街へ入るための門にたどり着いた。
街に入るために必要なものは特になく自由に行き来できる、とガリちゃんは言っていたが、少し不安だ。
できるだけ普通を装って、門を通ろうとした。
「そこのお前!」
前から男が走ってくる。冒険者だろうか、それとも街の兵か。
ともかくヒロに用がある事は確かだ。
「はい、なんでしょうか?」
「お前あの森を抜けてきたのか?」
動揺を必死に隠しながら答えた。
「はいそうですが、どうして知っているんですか?」
「いや、見張りがお前のことを見ていてな。ちなみにどこから来たんだ?」
考えた言い訳のお披露目だ。
「近くの村からです。森で山菜を取りながら抜けてきました」
納得してくれるか不安だったが、男はそれ以上追求はしなかった。
「なるほど。ところで森でガリア族には会わなかったか?」
表情にでそうなのを、咄嗟に考えるふりをして隠す。
「そうですね、会わなかったですね。何かあったんですか?」
思わず聞いてしまった。
知らないのは不自然かも知れないのに。
しかし男はヒロの発言に疑問を持つ様子はなかった。
「いや、たいしたことではないんだ。すまんな呼び止めて」
そう言い残すと男性は街の方へ戻って行った。
どういうことだ?
なぜ彼は説明しなかったんだ?
ヒロは変な胸騒ぎとともに門をくぐり、街の中へと入っていった。
街は大変賑わっていた。
入り口から街の中央にある広場に向かって伸びている大通りには、露店が立ち並び食べ物から装飾品まで様々なものが売られている。
さらに目を見張ったのは様々な人種がいることだ。
ヒロのような猿人もいれば、うさぎのような人間や鱗の皮膚を持つ人間など、多種多様な人種が商品の売買を楽しんでいる。
異世界の要素をぎゅっと詰め込んだ光景に目を奪われていたが、ヒロはずっと違和感を感じていた。
そんな時、横を通り過ぎた人の会話が聞こえてきた。
「そういえば今日ガリア族いないな」
「確かに、いつもだったら子供達も走り回ってるんだけどな」
やっぱりだ。街の人たちは知らないんだ。
この街とガリア族との間に起こっている事態を。
ヨウちゃんも違和感を察したのか、ヒロの方を振り返った。
「ヒロ、街の人たち何も知らないみたい。どうしよう、ガリちゃんの作戦使えないよ・・」
この作戦は街の人たちがこの状況を知っていることを前提にたてられたものだ。
偶然通りかかった冒険者がガリア族とこの街との間で起こった問題を知っているのは不自然すぎる。
改めて作戦を練り直すか。
いや、もうそろそろ日が落ちる時間だし、新しい治療法が見つかった場合その準備をする時間も必要だ。
できれば早くその子の症状を見たい。
「ヨウちゃん、こうなったら冒険者登録はしないでこのまま領主の屋敷へ行こう」
「えっ?どうするのヒロ」
「それは、、行きながら考える!」
二人は人混みをかき分けながら、遠くに見える大きな屋敷へと向かった。
領主の家は高台に建てられていた。
坂を登ると、大きな門が現れた。
「すみません!誰か、誰かいらっしゃいますか!公女様の病気についてご相談があります!」
屋敷の門の前で呼びかけてみるが、誰も出てこない。
「すみません!」
ヒロはかれこれ10分ほど呼びかけ続けたが、誰も屋敷から出てこようとはしなかった。
本当に誰もいないのでは、と考えていると、草の階段を作って敷地内に勝手に入っていたヨウちゃんが帰ってきた。
少し息苦しい様子だ。
「ヨウちゃん、大丈夫?苦しくない?」
ヨウちゃんは自然とは反対である、”街”という場所を苦手としている。
長くいることはできない。
「うん、大丈夫。お庭とかあって少し落ち着いた。それよりも窓から覗いてみたけど、人いたよ。無視してたけど」
よかった。
だけどヨウちゃんのためにもなるべく早く済ませないと。
何か相手が無視できないような文句はないか・・
そうだ、これならどうだ。
「そういえば、ガリア族とはどうなりましたかぁ!」
そう叫ぶと、中からドタドタ、と明らかに人の足音が聞こえた。
そしてしばらくすると屋敷の扉が開き、剣を持った数人の男が出てきた。
「貴様、門から離れろ!」
一人がものすごい形相でこちらに迫ってきた。
急いで離れると、勢いよく門が開けられ男たちがヒロを取り囲んだ。
「貴様、なぜそのことを知っている!!」
「えっと、それは・・」
彼らが迫ってくる中、その中に見覚えのある顔があった。
門の前で会った男だ!
どうか忘れていてくれ。
そんな願いは叶うはずもなく相手はヒロに気づいた。
「お前は!森から出てきた。。」
考えろ!言い訳を考えろ!
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