第3話 女の子とおじいさん
女の子が向こうへ走って行ったと思えば、今度は二つの人影が現れた。
一つはあの子だろう。
もう一つは距離が近づくにつれて大人の男性だとわかった。
ただ白髪を見る感じ、若い感じではない。
女の子のおじいちゃんだろうか。
おじいさんの方は、所々に緑色の装飾がある白いローブを羽織っており、髪は女の子よりも濃い緑色のロングヘアー。
ただ、彼も裸足だ。
二人ともどことなくぎこちない様子でこちらを見ており、女の子に至ってはおじいさんの後ろに隠れながら歩いている。
ヒロはその様子をみてますます不安になった。
やはり怖がらせてしまったんだ。
おじいさんは可愛い孫を怖がらせたやつに怒ってるに違いない。
「やあ」
ヒロの予想とは裏腹に、おじいさんが放った最初の一言は優しかった。
しかし落ち着いてはいるが、少し警戒していることがわかった。
「どうも」
ヒロは、自分は無害だと思ってもらえるように、不器用ながらも笑顔を作った。
しかし彼は目が見えづらくなってからはあまり笑顔になっていなかった。
そのため、悲しくも口角が上がらず固い笑顔になった。
「きゃあ!」
女の子は完全におじいさんの後ろに隠れてしまった。
ああもっと怖がらせちゃった・・
ヒロはさらに落ち込んでしまった。
おじいさんは優しく微笑み返すと話しかけてきた。
「やっぱり私たちのこと見えているんだね」
さっき女の子から聞いたのだろう。
「はい、お二人のことは見えてます」
だけど何が驚くことなのかヒロにはわからない。
「どこからきたんだい?」
「えっと日本、いや東京です」
そう答えると二人ともきょとんとした顔をした。
どうしてそんな反応をするんだろうか。
その疑問はヒロに新たな疑問を投げかけた。
あれ、そういえば、ここはどこだ?
「そこは、アルカモアのどこあたりか分かるかい?」
その聞き覚えのない言葉にヒロは冷や汗をかき始めた。
口が渇いているせいか、喉が閉まっているせいか、それとも知りたくないせいか。
ヒロの返答はぎこちなかった。
「あ、あの、アルカモア、というのはなんですか?」
再度二人はきょとんとしお互いを見合った。
そしてヒロの方をみると、女の子が正解を語った。
「アルカモア、っていうのは、この惑星の名前だよ」
ヒロはここでようやく、ここが別世界であると知った。
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「とすると、君は”地球”という惑星の”日本”という国の”東京”というとこからきたというわけだ」
「で、ここは”アルモア”という惑星の”ヘレウス大陸”の”森の先の丘”というわけですね」
「違うよ!””アルカモア”の”ヘレウス大陸”のガリアの大森林”の”静寂の丘だよ!!”」
「ああ、ごめんね」
うぅ、すぐに忘れてしまいそうだ。
覚えることの多さに、ヒロは頭を痛めた。
「いやあ驚きだなあ、他の世界があるなんて」
「僕もです。しかも言語も同じなんて信じられないです」
「ああ、まさしく奇跡だ」
そう頷くおじいさんの手には一冊の本があった。
ヒロはそれに気づくと、表紙に目をやった。
そこには確実に日本語とは違う言語が描かれていた。
「おじいさん、その本の言語は何ですか?」
そう聞くと、おじいさんは困惑した顔を浮かべた。
「何って、これが君の言う”日本語”じゃないか」
そういうと、おじいさんは本を渡してきた。
ヒロは恐る恐るページをめくる。
そこにはやはり日本語とは程遠い文字が書かれていた。
象形文字のようなものがひたすら羅列されていた。
「どういうことだ・・」
そのヒロの疑問は、日本語と言われたこの文字が全く違ったからではない。
これまで見たこともないこの象形文字を、なぜか彼は理解することができたからだ。
ヒロは視力がなくなるとともに点字の勉強を行っていた。
最初は点の配列を頭に思い浮かべ、それを頭の中の点字の辞書から一致するものを見つけ出し、文字に変換していた。
しかし慣れてくると、頭での変換プロセスを省略し、点字を点字として読むことができるようになる。
それは言語の学習において、1つのブレイクスルーである。
それを今、ヒロは見たこともなかった象形文字で成し遂げたのだ。
そのありえない現象にヒロはますます頭を悩ませた。
「ねね、あなたはなんていう名前なの」
いつの間にかその女の子がヒロの前に立っていた。
ヒロは向こうから話しかけてくれたことが嬉しくて、そんなモヤモヤはすぐに頭の片隅に追いやられた。
「ごめん言ってなかったね。僕は北総広世、ヒロって呼ばれてるよ。君はなんていうの?」
そう聞かれた女の子は、あっさりと答えた。
「あたし、名前ないよ」
その返答にヒロは黙ってしまった。
聞いてはいけないことだったかもしれない。
ヒロは不安になりおじいさんの方を見た。
おじいさんはヒロと目線が合うとただ静かに微笑んだ。
「別に気にすることではないよ、ヒロ。私にも名前はない」
ヒロは自分の思いが見透かされていたことに、ドキッとした。
それよりもさらに疑問が深くなる。
名前がない、とは一体・・
「ははっ、気持ちが顔に出やすいんだねヒロは」
そう言われヒロは咄嗟に自分の顔を手で触った。
なんとも恥ずかしい。
「うんそうだね、私たち、いやこの世界では当然のことが、ヒロ、君にとっては普通ではないんだよね。わかった。そうしたら私たちはなんなのか、この世界はどういう世界なのか説明してあげよう」
おじいさんは一呼吸おくと微かに笑いながら続きを語った。
「まず最初に、ヒロ、おかしいと思っただろう?私たちが君に対して、”私たちが見えるか”と執拗に聞いたことを。それはね、この世界の人々は私たちのことを見ることができないんだ。なぜなら私たちは彼らが住む場所、厳密にいうと彼らと同じ次元にはいないんだよ。そしてそんな私たちを彼らはこう呼ぶ」
「八百万の神々と」
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