第16話 二人の友達

そのメイドは、エレカの部屋の掃除をあまり好んではなかった。

彼女の不気味に感じるほど綺麗に輝く肌を見るたび、胸が裂けるほど苦しくなる。


彼女はメイドの中でも、エレカと一番仲が良かった。

年齢も他のメイドたちと比べて若いこともあり、彼女たちは主従の関係を超えて友達のような付き合いをしていた。

いたずらばかりしてくる人だったが、その時に見せる笑顔が何よりも好きだった。


だからエレカが突然倒れ寝込んでしまってからは、食事は喉を通らず夜も寝付けない日々が続いていた。

今はある程度仕事に従事できているが、それでもまだ彼女を見ると、昔の元気な姿を思い出してしまい、悲しみに打ちひしがれる。


だからこの部屋の掃除はあまり好きではない。

早く終わらせたいが、彼女への忠誠心を捨てることはなく、他のどんな場所よりも念入りに掃除をしていた。


この日も、領主様が収集されている置物を丁重に扱いながら棚を拭いている。

窓から入るそよ風が気持ちいい。


お嬢様、どうですか、気持ちいですか?


ふと、カタカタと外側に開いていた窓が振動する音が聞こえた。

そちらの方を見ると、窓の近くに置いていた置物が揺れ、今にも棚から落ちそうだった。


いけない!

メイドはすぐに棚の方へ向かったが、傾いた置物は奇跡的に落ちることなく元あった場所に落ち着いた。


メイドは、ほっと胸を撫で下ろした。

どうやら風が強くなってきたらしい。一応扉は閉めておこう。


再びメイドは掃除に戻り、残りの場所をいつも通り一つの埃も残さない勢いで綺麗にした。

そして掃除が終わると、いつも通りエレカの様子を見てこの部屋を後にしようとベッドの方を振り返った。


「ひゃっ」

メイドは驚きのあまり腰から砕け落ちた。心臓が止まりかけた。

エレカは彼女の方を見ていた。

いつもは正面に向いていた彼女の顔が横をむき、目は確かにメイドの方へと向けられていた。


「お嬢様・・・」

メイドはゆっくりと立ち上がり、エレカの方へと近づいた。

近づくにつれてこれが夢ではないことがわかった。


お嬢様は、確かに私を見ている!


「お嬢様!」

これまで彼女を想って心を苦しめていた悲しみが、一気に涙となって身体から解放されていく。


そしてぼやけた視界からでも、エレカの身体が彼女が元気だった頃の小麦色の肌に戻っていることがはっきりとわかった。


メイドの反応を見てだろうか、エレカは弱々しくも笑顔を浮かべていた。

「やっぱり、、あなたをからかうのは、、面白いわね」


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意識が戻ると、ヒロはベッドの上で寝ていた。

目を開けようとすると、どうにもうまく開かない。

どうやら目の周りが腫れているらしい。

今度は身体を起こそうとしてみると、頭部と腹部に痛みを覚えた。


「あ、起きた」

ふと、横から声がした。

頑張ってそちらの方へ顔を向けると、一人の狼人がいた。

狼人がベッドに腕と顔をのせ、こちらをじっと見ている。


ヒロはなんとなく察しがついた。

「君は、ガリアの姫様?」

そういうと、彼女は少し驚いたそぶりを見せると、今度はにまりと顔を歪ませた。


「あたしのこと知ってるの?さすがだねあたし、有名人だ」

警戒心のない彼女の様子に、ヒロはあっけに取られながらも尋ねた。


「ここは?」

「ここはセレシドの屋敷の一室。綺麗だよね」

そう言いながら首をグルングルンと回している。


「君は、囚われてるんじゃないの?」

「君って言わないで、サリっていう名前があるんだから」

「ああ、ごめん」

ヒロは彼女の名前をリカに聞き忘れていた。


「囚われているよ、ここに」

「ここに?」

「うん、美味しいご飯付き」

「ご飯付き?」

ヒロが想像していた生活環境と180度異なっていた。


「何か嫌なこととかされなかった?」

「いや全然。あ、だけど最初いきなり誘拐されたのは怖かったなあ」

わけがわからなくなってきたぞ。


「なんで君、えっと、サリが誘拐されたか知っている?」

そう聞くと、彼女は悲しそうな表情を浮かべた。


「知ってるよ。エレカちゃんを助けるためでしょ。あたしエレカちゃんとよく遊んでたから、喜んで囚われてんだ」

そういうとサリはこの三日間のことを話してくれた。


この屋敷についた時、サリを誘拐したことを涙を流しながらセレシドは何回も謝ったらしい。

そして彼が理由を話した時、サリは納得しむしろ協力すると伝えた。

だから彼女はいつでも屋敷を出て村へ帰れたが、友達のためにこの部屋にずっといたそうだ。


「それにあたし、どちらにしても今日で解放される予定だったんだ」

「そうなの?!」

「うん、セレシドが最初の日に言ってた。あたしと天秤にかけても譲れないものを、ガリアから無理やり取るわけにはいかない、ってね」

やっぱり彼は本当に心優しい人なんだ。

それなのに、娘を守るため心を鬼にしている。

しかし、どんな苦しい状況にあっても超えてはいけない線は超えない。


「そういえば誰が僕をここに運んできたの?」

「セレシドだよ」

領主様が?


「いきなり全身あざだらけで気絶してる人間をつれてきたからびっくりしたよ。しばらくはここであなたのことを見てたんだけど、ちょっと前にメイドが尋ねてきて急いで飛び出して行った」

そうだったのか。

また助けられてしまったらしい。


「そういえば、あなた誰?何をしにきたの?」

「ああ、僕はヒロ。エレカさんの病気を治す薬を届けにきたんだ」

「えっ?薬を?!」

それからヒロはサリに今までのことを話した。


「そっかあ、幼木の神様が力を貸してくれたんだ。すごいなあ」

「うん、本当にすごい神様だよ」

だから彼女の頑張りを無駄にしないためにも、ガリちゃんが無事届けてくれたことを願う。


バンッ!!


突然部屋の扉が勢いよく開いた。

見ると、息を切らしながらセレシドが立っていた。

ヒロは彼の表情を見て、何を伝えられるかすぐにわかった。

思わず自分も表情がゆるむ。


「ヒロくん、娘が、エレカが、意識を取り戻したよ!君が届けてくれた薬のおかげで!」

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