第17話 二日間の出来事
ヒロは、その日はセレシドの屋敷に泊めてもらって翌日ガリアの村へと戻った。
その間にいくつか聞いたことがある。
第一にヒロがこの部屋に連れてこられるまでの経緯だ。
裏庭で袋叩きにあっている彼を、通りかかったメイドの一人が発見しセレシドに報告をした。
急いで彼は裏庭に向かい男たちを制止させたが、その時にはすでにヒロの意識は飛んでいた。
彼は自ら部屋に運び、メイドとともに治療を施した。
しばらくはヒロのそばにいてくれたそうだが、泣きながら訪ねてきたメイドと共に部屋を去った。
第二にエレカのその後だ。
ずっと寝ていたためか、身体はすぐには動かなかった。
しかし、寝ていた分を取り戻すかのように周りの人たちとずっと話していた。
寝ている間に起こったことを面白おかしく聞いていたが、サリを誘拐したことにはセレシドに大変怒った。
その際、サリが仲介となってなんとかエレカをなだめたことで親子の縁が切られることはなかった。
第三にガリア族との和解だ。
元々予定されていたようにサリは、ガリアの村へ帰った。
その際、セレシドも村に赴き、ガリアの人々、特にリカに直々に謝罪した。
もちろんガリア族の民はそれでも納得はしなかったが、ここでもサリが活躍した。
囚われていた時の話や、どちらにせよ今日解放される予定だったことを説明した。
ガリアの人々はヒロと同じく、彼女への丁重なおもてなしを知り、あっけに取られ思わず笑いに包まれた。
そしてヒロが帰る日の夜、セレシドがお詫びとして持ってきた食材を使って、祝いの宴がガリアの村で開かれることとなった。
そして最後は、ヒロ自身のことだ。
「ヒロくん、娘が、エレカが、意識を取り戻したよ!君が届けてくれた薬のおかげで!」
泣きながら笑っているセレシドの様子を見て、胸が熱くなっていく。
「本当ですか?!よかったぁ」
ヒロは胸を撫で下ろした。
ありがとう、ガリちゃん。無事届けてくれたんだ。
「えっと公女様の容態はどうですか」
「うん、ゆっくりだけど話すことができてるよ。身体も以前の色に戻った」
かなり効き目があったそうだ。さすがヨウちゃんがつくった神薬だ。
そんなことを考えていると、真面目な顔つきに変わり、ヒロの方をみた。
「ヒロくん。本当に申し訳ない。娘の命の恩人をこんな目に遭わせてしまって。どのように償っていけばいいのか」
そういうとセレシドは深く深く頭を下げた。
「やめてください、領主様。僕はほとんど何もやっていないんです。公女様を助けてくれたのは神様たちなんですよ」
そういうとヒロは思わず、全て話した。
二人の神様が助けてくれたことを。
そして神様を見ることができることを。
ヒロは全て自分一人でやったと思われることが嫌だった。
セレシドは口をポカンとあけ、信じられない様子だったが、色々な疑問を飲み込むように一息ついた。
「ヒロくん、そうだとしてもやっぱり君のおかげだよ」
「えっ」
「神様と心を通わせられる君だからこそ、二人の神様たちが協力し私の娘を助けてくれたんだ。今回は正直神様だけでは解決することはできなかったと思う。彼らができない部分をヒロくんが埋めてくれたんだ。だから自分をそんなふうに言わないでくれ。私は君に最大級の感謝の気持ちを持っているよ。本当にありがとう」
身体全体が、特に目頭が熱くなるのを感じる。
このように正面から感謝されるとこそばゆい気持ちが湧いてくるが、それ以上に救われたような気持ちになった。
ヒロは今回、何もできずただただヨウちゃんとガリちゃんに頼ってばかりだと考えていた。
自分が何もできないことがとても悔しかったが、セレシドに言われ、自分なりに力になれていたと気付いてヒロは本当に嬉しかった。
「ありがとう、ございます」
「うん」
セレシドは優しくこちらを見ている。
「ところで領主様、どうして僕が薬を持ってきたって知ってるんですか」
「ああ、娘のベッドの横に君が持ってきた薬の容器が落ちていてね」
「えっ、どうして僕のだと?」
「君を襲っていたあいつらを問い詰めた時にね、一人が証言した。実は、私は怒らせると怖いんだ」
一日しっかり寝たおかげで、少し腫れてはいるが、翌朝にはかなり身体の調子は戻った。
ヒロは屋敷を出る前に”エレカに会ってほしい”、とセレシドにお願いされ、一緒に彼女の部屋を訪ねた。
「エレカ、ヒロくんを連れてきたよ」
「はい、どうぞ入って」
中に入ると、所狭しと飾られていた花や置物は大方片づけられており、以前訪れた時の雑多な様子はなくなっていた。
そして正面にあるベッドの上で、上半身を起こしながらエレカがこちらを見ている。
「初めまして、エレカ=エレーネと申します。この度は私のためにご尽力していただき大変ありがとうございました。お父上からお話は伺いました。ヒロ様が薬を届けてくれた、と」
「いえ、色々な人が助けてくれたおかげです。ところで公女様、体調はどうですか?」
「はい、おかげさまでかなり良いです」
確かに、昨日まで意識が戻らなかったのが嘘のように、彼女の表情は明るかった。
「ところで、ヒロ様はもう出発されるのですか?」
「はい、まずはガリアの村に戻りたいと思います。そしたら冒険者登録をするためにまたこの街へ戻ってきます」
「冒険者に、ですか」
エレカは何かを考えている様子だった。
「ヒロ様はおいくつですか?」
「えっと、16歳です」
そういうと今度はセレシドが尋ねてきた。
「失礼だがヒロくん、君はアカデミーには行かないのかい?」
ヒロは自己紹介の時に言ってなかった、記憶喪失の”設定”を話した。
するとやはりセレシドは心配そうにヒロの方を見た。
「そうだったんだね。それなのにも関わらず娘のためにこんなに頑張ってくれてすまなかった。そうだ、お礼と言っては何だが、もし身寄りがなければ私のところに来ないかい。君をアカデミーに通わせられるお金もあるはずだ」
突然の提案だった。正直嬉しい。
セレシドはかなり信頼できる人物だろう。
こんなに良い人には滅多に出会わないと思う。ただ、
「ありがとうございます。大変魅力的な提案なのですが、僕はやっぱり世界のいろんな場所を訪ねて自分が誰なのかを見つけたいんです」
本音は、純粋に旅がしたいだけだ。
本気で提案してくれていたらしく、セレシドは残念そうにしていた。
「そうか。エレカも今年からアカデミーに行く予定だったからちょうどいいと思ったんだけど、それならしょうがないね。だけどヒロくん、何かあればいつでも訪ねてきてね。全力で君の力になるよ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
この世界で帰る場所が二つに増えた。
「あ、だけどこの街から出る前には絶対に寄ってね」
セレシドがかなり力強く言ってきたので、思わず身体が後ろにそれた。
「はい、もちろんです。そうしたら公女様、僕は帰ります。どうかお大事になさってください」
「はい、ありがとうございます。また会う時まで」
ヒロは彼女を背にし扉の方へと歩いた。そして出る時に改めて彼女の方を見た。
彼女がお見送りの笑顔を浮かべたので、ヒロも同じく笑顔で返す。
その際、改めて確認した。
彼女からほんのわずかに漏れ出る黒みがかった橙色の”煙”を。
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