第26話 薬草取り
市場で今回調達するべき薬草がどのようなものか下調べを行った。
カラと呼ばれるその薬草は、絞ると青色の液体がでて、傷口に塗ると治りが早くなるそうだ。
特に冒険者にとっては必需品である。
下見の時に知ったのだが、その薬草は極端な気候ではない限り、森であればどこでも見つけることができるらしい。
ガリア族も採集して、度々この街に卸しているようだ。
しかし、需要が彼らの供給じゃ間に合わない。
だから、この薬草の採取依頼はなくならない。
ヒロはとりあえず街を出て、ガリアの大森林と街を挟んで反対側に広がる平野を歩き始めた。
今日の朝別れたばかりなので、すぐにガリアの人たちのところへ戻るのは気が引けた。
歩いていて改めて思った。
本当にのどかな場所だ。
山脈に囲まれた草原にはそよ風が吹いていた。
街の外にも家らしきものが点在しており、昼寝を楽しんでいる人もいた。
時折、小動物たちがかけっこを楽しんでいた。
暖かな日差しと気持ちの良いそよ風に眠気を誘われながらも、前に広がる目的地の森に向かった。
森の中に入ると、懐かしさが込み上げてきた。
今日の朝までずっと過ごしてきたガリアの村のことを思い出す。
賑やかな彼らと共に過ごしていたからだろうか、今歩いている森の中がやけに静かに感じられた。
気を取り直して、足元に視線を持っていき、薬草探しを始めた。
カラの特徴的な葉の模様を頭に思い浮かべながら森の中を進んでいく。
やはりヨウちゃんの力を使うと、簡単にカラを見つけることができた。
群生しているわけではなく、普通であれば多種多様な植物の中から見つけるのは簡単ではないだろう。
しかしヒロの場合は、カラが視界に入ると、そこだけ明るくなるような感覚になる。
この調子なら、すぐに規定量を採集することが出来そうだ。
ヒロは調子に乗ってどんどん森の奥へと進んでいってしまった。
しばらく森の中を歩いていると、巨大な木が前方に見えてきた。
その木は幹が空洞になっており、ひと一人分くらいの高さと幅があった。
興味が湧いて、その木の方へと向かった。
そして中に入ってみようとした時、空洞の所々が銀色に輝いているのを見つけた。
しかし、よくよく見ると、それは輝きではなくうっすらと漂う銀色の”煙”だった。
思わず、”煙”が出ている部分を触ってみた。
すると、触れた箇所の”煙”が濃くなりはじめた。
これは何かある、と直感的に感じた。
ヒロは、好奇心から残りの部分も触った。
そして最後の一箇所を触り終えると、突然、小さく散らばっていた”煙”が空洞の内壁を伝って下へと落ち始めた。
地面へ到達した”煙”たちは、円を描くようにヒロの周りを回り始めた。
ヒロはその光景をただただ眺めていた。
この世界の危険について無知だということをもっと自覚しておくべきだった。
”煙”は円を描き終えると、複雑な模様を描きながらその内側に向かって進んでいった。
そして円の中心で”煙”が合流した。
その瞬間”煙”によって描かれた模様が魔法陣のように銀色に光りだした。
足元で起こっている現象の不吉さに気づいた時には遅かった。
ヒロは光の円柱に飲み込まれた。
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眩しさで閉じていた目を開けると、そこは完全なる暗闇だった。
一瞬パニックに陥ったが、この目が暗闇で発揮する能力を思い出し、目に力を入れた。
すると、周りの様子が光の線となって浮き彫りになった。
どうやら自分は通路のような場所にいるらしい。
壁を触ってみると、岩で作られているのかゴツゴツしていた。
なんとなく見えてはいるものの、壁に手を添えながらゆっくりと歩いていく。
十字路が前に見えた時、前方から何かの足跡が聞こえた。
ヒロは立ち止まり、息をひそめた。
しばらくすると、十字路の左の通路が明るくなり、話し声も聞こえてきた。
どうやら人がいるらしい。
だんだんと音が近づき、そして光に照らされた人の顔が角から現れた。
三人の男のパーティらしく、全員屈強そうな身体つきをしている。
助かったと思い、彼らに声をかけようとした。
しかし、その前に男の一人が震えた声で叫んだ。
「ひだりだぁ!」
男たちはヒロの前方、つまり彼らから見て左の通路に身体を向けた。
そしてヒロには男たちの隙間から何かが暗闇の中を走ってくるのが見えた。
それは暗闇から顔を覗かせると、猛烈な速さで男の一人に飛びかかった。
首から勢いよく血が噴き出す様子が鮮明に見えてしまった。
光によって照らされ、その姿が顕になった。
四足歩行のその巨大な生き物は、顔を含め全身が黒い毛に覆われているが、異様にでかい目と耳が浮き出ていた。
まるでこの暗闇で獲物を狩るハンターとして進化したような姿だった。
男たちは急いで、その生き物に剣を向けたが、このせまい通路に加え、その生き物の俊敏さに剣を振る機会すら与えられなかった。
血肉が飛び散り絶叫が響き渡る惨状にヒロはただただ腰を抜かし、息を我慢することに精一杯だった。
光を発していた道具は壊れ、暗闇の世界に戻った。
叫び声は止み、その生き物も満足した様子で落ち着いた。
ヒロはゆっくりと立ち上がり、後ろへと歩いて行った。
その通路の角までくると、ガリちゃんの”恩恵”を使って全速力で走った。
しかし、後ろから何かが息を荒くしながら追いかけてくる音が聞こえた。
後ろを振り向くと、よだれを垂らし目をかっと開いたハンターがいた。
曲がり角を利用し、撒こうとするが、その生き物は壁を蹴って、速度を落とさずついてくる。
このままでは確実に追いつかれる。
ヒロは一かばちかで、持っていた薬草を地面にばら撒いた。
そして、その生き物がその上を走る瞬間、ヨウちゃんの”恩恵”を使って薬草を急成長させた。
奇跡的に、薬草の茎がその生き物の脚に絡まり、ハンターは転倒した。
ヒロはその隙に角を曲がり、できるだけ遠くに逃げた。
すでに体力は限界だった。
視界からその姿が消えたのを確認すると、走るのをやめ、ゆっくりと座った。
静かに深く深呼吸した。
自分の心臓音が身体を伝って耳に届く。
しかし、その音の中に別の何かが聞こえた。
角から、その生き物がゆっくりと現れた。
執念深くその生き物は追いかけてきたのだ。
息を漏らさないように、震える手で口を覆った。
耳に響いている自分の心臓音が聞こえているのではないかと恐怖に震えた。
しかし、その生き物はヒロには気づかず、横を通り過ぎていく。
その生き物の荒い息に混じる鉄の匂いと、見開かれた目のそのあまりの恐怖に思わず声が出そうになった。
その姿が見えなくなると、ゆっくりと深く息を吸った。
あまりの恐怖に、地面に座り込んだ身体はしばらく動かなかった。
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エレーナの街、冒険者ギルドの長、オレクは1つの報告書をじっと見ていた。
「
アルティア古代遺跡 報告書
昨年末に山脈の麓で発見された同遺跡を調査しに入った、5等星から2等星の冒険者、計54名の消息が不明。
遺跡内に、不確定で極めて危険な要因が存在すると予想される。
従って、ミッションレベルの難度化を求める。
冒険者内訳
2等星:5名
3等星:12名
4等星:15名
5等星:22名
」
ミッションは民間人から求められる”依頼”とは異なり、ギルドが主体的に行っているものだ。
急を要するものもあれば、未開の地への調査のようなものもある。
今回のミッションは後者であり、冒険心あふれる者たちがこぞって挑戦したが、この有様だ。
深刻さを増すごとに、当初は中級だったこのミッションも、現在は超級にまでレベルが上がっている。
オレクは、係のものを呼び寄せた。
「アルティア古代遺跡のミッションの募集を停止する。要項が書かれた紙も取ってくれ。ミッションレベルをあげる」
その係の顔が青ざめていく。
「このミッションのレベルを、超弩級、とする」
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