第50話 見送り
「サーヤああぁ!」
「マット!!」
サーヤが嬉しくて名を呼んだ。そして、彼の様子を見て驚いた。
「えっ!?」
ばきぃっ!
マットウェルが剣を振った。骸骨の頭部を砕いたのだ。骸骨は宙に浮いていたのでそれなりの高さがある。マットの跳躍では、頭部まで届かない。それを可能にしたのは、マットウェルが乗っていた協力者があっての事だった。
彼らは二匹いた。一匹はマットウェルを乗せ、もう一匹は巨体の魔族の首に噛みついている。魔族はその痛みに、サーヤを包んでいたシールドから手を放した。途端に、シールドがボロボロと崩れ落ち、サーヤも地面へ落ちてしまった。もうコルの防護壁は限界だったのだ。間一髪だった。
「ウルヴ、助かった!」
『今回だけだからな』
「分かってる」
マットウェルを乗せていたのは、北の森で会った狼の獣ウルヴだった。母親ラフィの子供達だ。彼はウルヴから降りると、サーヤの元へ駆け寄る。彼女の体を締め付けていた骸骨の両手もアルゴスの剣で叩き斬った。ざらりと
「サーヤ、大丈夫か!」
肩を上下させて息を切らしている。落ちた時どこかぶつけたのか、締め付けられて苦しいのかと思ったが、そうではないらしい。
「へ、へいき……」
「平気って顔じゃねぇだろ! はっ」
骸骨が襲って来たのだ。頭と手は砕かれたが、体は残っている。骨をバラバラにして、一本一本が鋭い杭のようになった。一斉にサーヤとマットウェル、コルの方へ向く。ウルヴは二匹とも、巨体の魔族を相手にしているので、こちらまで手を貸す余裕がない。
「おらぁっ!」
コルが気合いと共に防護壁を周りに展開させた。骨の杭が一気に襲いかかって来る。バキバキと嫌な音を立てながら激突してくるが、コルの守りは強固だった。防護壁に当たって骨がどんどん砕けては落ちていく。
カンッ!
最後の一本が落ちる。骨の杭の先は防護壁に当たったせいでボロボロだったが、まだ塵にはならず、サーヤ達の周りに散乱していた。
「剣で砕くしかないか」
マットウェルが剣を構えた時、落ちていた骨がまた宙に浮こうと動き出す。
「またかよっ! キリがねぇ!!」
コルが吠えた。防護壁でまた守る事は出来るが、これでは決着を付けるのに時間がかかる。町の中から悲鳴が聞こえているのだ。
「クロウ、お願い」
ザァッ!
「!?」
サーヤの影が伸び、素早く円を描いた。その影に触れた骨が、一瞬で塵となったのだ。
「はぁっ、はぁっ!」
「サーヤ!」
大きく息を切らして苦しそうにするサーヤ。マットウェルは背中をさすった。
「休めば戻るから……、はぁ……」
「コル、本当に平気なのか? なんでこんなに苦しそうに――」
「マット、私は何ともないから。コル、余計な事は」
「クロウの力を使ったからだ!」
コルが声を上げた。
「クロウの……」
サーヤの影の一部。エクレー、コルと同じく生まれた三人目の力。力が強すぎて実体が持てず、サーヤの影にいると聞いた事を覚えている。
「エイナっつったか? あいつが魔族を呼び出したせいで、サーヤが対応しなくちゃいけなくなった。お前らが来るまでの時間稼ぎだ」
「そうか……。すまねぇ、サーヤ。クロウを出せば疲れるって、前に言ってたよな」
「今は、クロウの力だけ貸してもらったの。姿まで表には出してない。だから、疲労は最小限に抑えてる」
そう言うサーヤの腕は震えていた。彼女を見ている限り、恐怖心からではない。目を見ても恐れの色はないし、全身が震えていないのだ。これは、部分的に来る、極度の筋肉疲労だろうとマットウェルは考えた。
(最小限でこれかよ……。サーヤ、立てねぇんじゃ……)
「サーヤ、マット!」
「ディルンムット様!」
ようやく彼も追いついた。もちろん、彼女に乗っている。
「ラフィさん!」
サーヤが嬉しそうに声を上げた。丁度その時、彼女の子供達が巨体の魔族を塵にした。
『それで良い。強くなったね、お前達』
『母さん』
『当然です』
子供達は自信満々だ。ラフィは満足そうに頷くと、サーヤを見た。
「一緒に……戦ってくれるんですか? どうして……」
『友の娘が危機に陥っているのに、見過ごす事など出来ないだろう』
彼女の目が優しく光る。サーヤは目頭が熱くなった。
「ありがとう、ございます」
「サーヤ、今からでも遅くない。柱の所へ避難するんだ」
ディルンムットがラフィから降り、サーヤの側で膝をついた。そして町を見た。
「……まだ魔族がいるんだね」
「祈りの石は全部で六つ。残る魔族は四体です。今、保安局の皆さんが、住人を東の森へ避難させています。すみません、ディルンムット様。私が勝手に指示をしました」
「良いよ。君の判断が正しい。広場までは、皆が森に入れるようにしよう」
「良かった……」
サーヤがホッとした。大事な情報を伝えられ、安堵の息を吐く。
「さぁ、君も避難を。立てるかい?」
足に力を入れてみる。が、言う事を聞かない。
「もうちょっと休んでから動きます。皆さんは行って下さい」
「サーヤを置いては……」
マットウェルは行きにくそうにしている。
「マット、私は大丈夫。コルはどうする?」
「サーヤを守らねぇとな!」
コルの返事は即答だった。ふっと笑うサーヤ。
「コルもいてくれるから。マット、行って。お願い。魔族を倒して」
「分かった。気を付けろよ」
「うん。マットもね」
剣を持ち、立ち上がるマットウェル。ディルンムットも腰を上げた。
『サーヤ。ならば、そなたに頼みたい事がある』
「え? わっ」
上からいきなり何かがサーヤの腕の中に飛び込んできた。それを見て、目が輝く。
「こっ、この子――」
『大切な我が子だ。まだ幼いゆえ、戦いには不向き。少しの間、面倒を頼みたい』
ラフィの子供だ。ふわふわの白い毛に、くりくりの黒い瞳。小さな狼が、そこにいた。
「きゃんっ」
「分かりました! 一緒にいます!!」
(鳴き声もかわいいっっ)
まだ言葉は話せないようだ。子犬のようにキャンキャン鳴き、母親の元に戻ろうとするので、サーヤはその小さな体を優しくなでた。
「大丈夫。私達と一緒に、お母さんとお兄さん達を待とうね」
「くん……」
言葉は理解できるらしい。ジタバタしていた足を止め、サーヤの腕の中に落ち着いた。賢い子だ。
『すぐ戻る』
ラフィも我が子に優しく言葉をかけると、息子達を連れて町の中へと走り出した。
「彼らだけだと誤解を生むかもしれない。僕も後を追う!」
ディルンムットも続いた。
「サーヤ、ちゃんと避難しろよ」
「分かってる。気を付けてね」
「ああ。やってやる!」
マットウェルも走り出した。魔族がまだ四体もいるのだ。彼は一人で魔族と戦う事になるだろう。心配はあったが、剣の腕を信じるサーヤは、マットウェルの背中をじっと見つめていた。
「皆、どうか無事で……」
まだ
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