第51話 腕の力

「走れ! 東の森へ行くんだ!!」


 保安官が叫ぶ。町の人々は、初めて見る異形の者に恐れおののいている。ある者は泣き叫び、ある者は腰を抜かして動けない。パニックが起きていた。


「早くっ! 喰われたくないだろう!!」

 地面にへたり込み、動けずにいた男の腕を掴み、引き上げる。

「ひぃっ」


 目の前に魔族が迫る。巨大なトカゲのような形をしている。牛よりもずっと大きい。しかも目は三つあり、大きく開けた口からは鋭い牙に、舌が二本出ていた。


 保安官が四人、その魔族を相手にしていたのだが、三人は壁に叩きつけられ気を失っていた。体はあちこち傷付き、血を流している。残った彼が住人を守りながら後退していたのだが、男が腰を抜かしてしまい、自分も動けなくなっていた。他の保安官も散らばり、他の魔族や避難の手助けに当たっているので周りに味方はいない。

(おいおいおい、こんな化け物、俺一人で相手しろっていうのか!?)


 ドスドスと大きな足音を立てながらこちらへ進んで来る。大きい図体のくせに、動きが機敏なのだ。

「くっ、来るな!!」

 剣をトカゲの魔族へ向ける。剣で太刀打ちできると思えない。剣も自分も、とても小さく感じたのだ。


「ご、ごめんよ母さん、父さん……」

 口をついて出たのは、故郷の家族への謝罪だった。もう生きて戻れないと悟ってしまった。剣を握る手もがちがちと震え、力が入らない。持っているのがやっとだ。

(こんな化け物と戦う為に、保安官になったんじゃないのにな……)


 じわ、と視界が揺れた時だった。



「諦めんな!!」



 横から人影が飛び出して来た。小さい。


(子供!?)


 保安官はそう思い、避難をさせなければと咄嗟に思ったが、その人影はその勢いのままに、トカゲに突っ込んで行ったのだ。

「えええぇぇ!?」

「ギャアアア!!」

 保安官とトカゲの叫び声が同時に起こる。よく見れば、その子供は剣をトカゲの横っ腹に突き立てていた。

「おりゃあああっ!」

 刺した剣をそのまま下へと振り抜く。体重もかけるとトカゲの腹はざっくりと斬れた。痛みにのたうち回るトカゲ。子供は無事に着地し、バタつく手足に当たらないよう避けながら、保安官の元へ駆けて来た。


 その子供はマットウェルだ。


「大丈夫か? 間に合ってよかった」


「き、君は……」

「話は後。今は避難しろ!」

 マットウェルはとどめを刺しに再びトカゲへ向き直る。傷口から青い液体を流していたが、目はマットウェルを見据えている。二本の舌を伸ばして来た。体に巻き付き、ギリギリと締め付ける。

「っく……」

 マットウェルは両腕を広げるように力を入れた。

「君っ、助け――」

「避難しろっつっただろうが! 守れる保証はねぇぞ!!」

 保安官がかろうじて残っていた勇気を出して、マットウェルの所へ向かおうとしたが、それを制した。ぐぐぐ、と巻き付いている舌を引き延ばす。不思議な事に、トカゲの締め付ける力に対応できている。むしろ、こちらの方が力は上だと思えるほどだった。


「ディルンムット様、腕の解呪だけじゃなく、力を強化してくれたのか」


 にぃ、と笑みがこぼれた。先の戦いでは気付かなかった。ピンチになって初めて、奥底から溢れる力に気付いたのだ。マットウェルはトカゲの舌を掴むと、思い切り左右に引っ張りぶちりと引きちぎった。

「うごぅっ!」

 まさか舌をちぎられると思っていなかったトカゲ。不細工な声が漏れた。マットウェルは走り出し、弾力のある舌に飛び乗るとトカゲの頭上へジャンプした。

「消えろおおぉ!!」

 アルゴスの剣をトカゲの額めがけて振り下ろす。切れ味が良すぎる剣に、ディルンムットの力で破壊力が増したマットウェルの腕力が合わさると、トカゲの頭は剣が当たった額から縦に真っ二つになった。真ん中の目、口、舌も左右に裂ける。


「うひょー♪ すっげえぇーー!」

 マットウェルは左手で右腕をなでた。大人以上の力を出せたのだ。魔族を一人で倒す事が出来たという自信にも繋がる。

「これなら、サーヤを守れる!」

 トカゲはざらりと黒いちりになっている。周りを見渡す。保安官と腰を抜かしていた男はもう姿が小さくなっていた。避難に動けたようだ。そしてマットウェルは、倒れている三人の様子を見に駆け寄った。大きな瓦礫が体に乗っていたので、それを横に移動させ、状態を見る。腹部から血を流していた。トカゲの舌に刺されたのかもしれない。応急処置だが、着ていた上着を脱ぎ、胴に巻き付けぎゅっと縛る。出血を止める為だ。

「息はある。おい! 聞こえるか?」

 大声で声をかけるが、返事がない。他の二人にも声をかけたが、気を失ったままだ。彼らも足や腕を切られて出血しており、壁に激突したせいで骨が折れている可能性があった。

「俺一人じゃ動かせねぇな……」

 力任せに一人で運ぶよりも、複数でそっと運んだ方が良さそうだ。マットウェルは通りを走り出す。中央の大通りに戻れば、保安官を見つけられるかもしれないと思ったのだ。


「いた!」

 保安官が五人、魔族を引き付けながら後退していたのだ。その魔族もトカゲの形をしていた。ただ、さきほどのトカゲとは違い、角があり、目は一つ。しかも火を吐いていた。

「保安官っ!」

 マットウェルが駆け寄り声をかける。彼らはぎょっとした。

「子供がここにいちゃダメだろう!」

「早く町を出るんだ!!」

 ごもっとも。見た目が子供のマットウェルに避難を呼びかけていた。火を吐くトカゲはこちらに向かって走って来る。

「あっちの道で、保安官が三人倒れてる。ひどいケガで早く手当てしないと手遅れになるぞ!」

「ええ!?」

「俺が魔族を相手にするから――あっつぅ!」

 トカゲが火を吐き出したのだ。その熱は触れなくても焦げてしまうほど。保安官達をよく見れば、あちこち火傷をしていた。

「早く行ってやれ」

「君一人を置いて行けるわけないだろう!」

 保安官の一人が声を上げた。

「さっき魔族を倒してきた! それなりに強いから行けって!!」

 マットウェルが叫ぶ。そして魔族へ斬り込んでいく。トカゲは対抗して火を吐くが、それを避け、前足を斬り付けた。

「あ゛あ゛あ゛!!」

 彼の戦い方を見て、保管官達は目をみはった。

「化け物に突っ込んで行った!?」

「子供の戦い方じゃないぞ……」

「魔族を倒したって。本当か?」

「気が引けるが、彼が行けと言ってくれたんだ。仲間の状態を見に行こう。退避に余裕があれば、俺がここに戻る」

「了解した」

 彼らの心も決まった。


「君! 危ない時は、迷わず逃げろ。いいな!!」


「はいよ!」

 マットウェルは保安官の言葉に返事だけする。彼らが走って行く気配を感じながら、トカゲの胴を斬った。青い体液は同じだ。

 痛みに体をくねらせるトカゲの魔族。口を開けば火をまき散らすので、マットウェルはなんとか避けるが、少し髪の毛がこげてしまった。

「こいつの方が厄介だな。エイナの奴、なんて事をしてくれたんだ……」


 すっかり変わってしまった幼馴染を思い出す。


「もう元には戻れねぇのかよ……。くそっ!」


 びゅんっ、としなる尻尾に当たりそうになり、ゴロゴロと地面を転がる。背中が痛い。素早く起き上がり、後ろ足を狙う。



「サーヤ、ちゃんと避難してろよ……」


 苦しそうにしていたサーヤを思い、呟いた。

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