第52話 森の入口前

「マット……」


 ふいに呼ばれた気がして、サーヤは町の方へ振り返った。


「どうした?」

「ううん。何でもない」

 コルが不思議そうに首を傾げる。サーヤは大丈夫だと笑顔を見せた。


 ここは町から離れた平原。東の森へと避難中だ。町の中から人々が出て来ており、保安官がこっちだと、ディルンムットの家がある森の入口へと案内しているのが見えた。町の人間は、ディルンムットとの間に溝がある。東の森が彼の棲み処だと知っているので、誰しも森の中へと入る事に躊躇ちゅうちょしていた。

 サーヤはそんな彼らの様子を見て、胸の奥がズキリと痛む。

「早く、誤解が解けたらいいのに……」

 ぽつりと呟いた。



「止まらずに、早く入って!」


 森に近付いて来た時、入口から声が聞こえた。そして見えた姿に、サーヤは笑顔を浮かべる。

「エクレー!」

 リリーシャの側についていたエクレーが、駆けて来るサーヤに気付き、ホッとした表情を見せた。

「サーヤ、コル」

「良かった。合流できた。リリーシャさんは中?」

 そう聞くと、エクレーは焦ったように眉を寄せた。

「いえ……。私は今から町へ行きます」

「えっ、何で!?」

「リリーシャ様が、父親を迎えに行ってしまったのです」

「ええ!?」

「あちゃあ……」

 避難してくる人々の中に、彼女の父親の姿がなかった。行方を聞いてみれば、町で見かけたという情報を聞き、居ても立っても居られなくなったようだ。

「ひっぱたかれたり、大げんかしてたけど、やっぱり心配なんだね」

「肉親ですからね。どれだけ確執があろうとも、切れない絆があるのだと思います」

 エクレーはサーヤの力の一部。人間ではない。ずっとサーヤやアルゴス、コルと共に生活をしてきたが、人間を完全に理解しているとは言い切れなかった。それでも、家族というものは、自分がサーヤ達に抱いている感情と似ているのだろうと言う事は感覚で察する事が出来た。

「しかもあの人は、かなり行動力があるから早く行ってあげないと。エクレー、お願いね」

「ええ」

「町には魔族が四体いる。ディルンムット様達がいるから減ってるはずだけど、注意して」

「分かりました。サーヤはここにいてください。ラフィ様も町に?」

 サーヤが抱いている子供のウルヴを見て、エクレーはすぐに気が付いた。

「うん。力を貸してくれてるの」

「それは心強い。コル、サーヤを頼みますよ。では、行って参ります」

 全速力で走って行くエクレー。彼女はすぐにリリーシャに追いつくだろう。そして父親も連れて、共に戻って来るはずだ。サーヤは頼もしい仲間の背中を見送った。もう豆粒のように小さくなった。


「私達は、ここで皆を待とうか」

「クン」

 ラフィの末っ子がサーヤの言葉に答えてくれた。




「! キャンッ、キャンッ、キャンッ!!」

「!? どうしたの?」

 森に入ろうとした時、小さなウルヴが空を見上げて鳴きだしたのだ。グルルと喉を鳴らし、威嚇いかくするように牙を見せうなる。

「空? 空に何が――」

 サーヤとコルが上を見上げた。近くにいた町の人間や保安官達も、何があったのかとサーヤを見、同じように視線を上げる。




 そして、一同はその身を震わせた。




「嫌な空気だなぁオイ。全身ビリビリするぜ」

「柱ってヤツの力か……。おかげでアイツの気配を掴めない」



「え……」

「ひぃっ」

 コルが小さく悲鳴を上げる。


(町から来た? 違う……。こいつらは空から来た)



 こちらに近付いて来る二体の影。一体は、黄色い羽に目は青く、黒いくちばしの大きな鳥。羽はとげのように鋭い。もう一体は、黒い馬の姿にコウモリのような翼を生やしている。そして、馬なのに、頭に牛の角が生えていた。明らかに、ガイヤに存在する生物ではない。


 魔族だ。見るだけで体が動かなくなるほどの圧を感じる。



「うそでしょ……。セレティアの大穴から、出て来たんだ!」




 異常なくらいに静まり返る。森の入口の前では、誰も動けず、声も出せずにいた。

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