第53話 鳥と馬の魔族

「そこの人間。ある子供を探してる。ここにいる男児、全員呼んでもらおう」


 地面に着地した二匹の魔族。馬に角を生やしている魔族の方が、近くにいた男性へ声をかけた。以外と対等に接している。


(もっと人間を見下した態度だと思ったけど……)


 少し離れた所にいたサーヤとコルは、現れた魔族を観察していた。

「狙いはマットか」

 コルが小さい声で囁いた。頷くサーヤ。


「え、と……あの……」

 声をかけられた男性は、恐怖で声がうまく出ない。足もガクガク震えている。

「だあー、もう! 男のガキをさっさとここに並べればいいんだよ!」

 鳥の魔族は、良く知っている魔族の気質だ。横柄な態度で、偉そう。人間を完全に見下している。

「ひぃっ!!」

 へたりこんでしまった男性。保安官が男性を後退させる。森の中に入った人々も、息を飲んだ。子連れで避難してきた親達は、咄嗟に子供を後ろに隠した。

「こ、ここには町の人間しかいない! どんな子なのか、聞かせて欲しい」

 ありったけの勇気を振り絞り、保安官は魔族に返事をした。

「めんどくせぇなぁ。俺が探しに行くぜ」

「待て。この森は気分が悪い。人間に丁寧に頼めば聞き入れてもらえると、あの者は言っていただろう。我らが探しているのは、セレティアという里から来た子供だ」

「よ、よそ者の事は分からないのだが……」

「あ゛あ゛? 俺らの言う事が聞けねぇってのかよ!!」

 鳥の魔族は、大きな黄色い翼を広げた。とげとげの羽なので、羽一枚でも当たればただでは済まないだろう。馬の魔族は、はぁ、とため息をついた。


「まずい!」

「サ、サーヤ!?」


 サーヤは体が動いていた。落ちていた女性用のつばの大きい帽子を拾い目深にかぶると、魔族と保安官の間に入る。

「あっ、あの! 私、その子を見た気がします」

「……ほぉ」

 馬の魔族が声を漏らした。

「どこにいる?」

「お教えしますが、その子を……どうするのですか?」

 サーヤはエイナと顔が一緒だ。顔バレしないように帽子で隠す。

「何故、そのような事を聞く?」

 鳥の魔族は隣でイライラしている。ここで攻撃されればひとたまりもない。

「み、密告するようで心苦しく……。殺さないと、約束してくれますか?」

「まぁ、子供一人を差し出して、この場にいる者は助かろうとしているのだものな」

 くく、と馬の魔族が低く笑う。サーヤは心臓がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。バレないかという心配と、後ろの人達の避難を完了させる事。そして、一つでも情報を掴めないかと思ったのだ。緊張しすぎて、心臓が口から出そうだ。

「我らは殺さず連れて来いと言われている。腕や足が欠けても、命さえあれば良いらしい」

「っ――」

 ゾッとした。サーヤの背中に冷たいものが走る。コルと狼の子は森の茂みの中に隠れていたが、コルの羽が逆立った。

「か、彼に何をさせようと――」

「もう問答はよい。早く居場所を言え。さもなくば、ここにいる人間を皆殺しにする」



(ああ、丁寧な物言いでも、魔族であることに変わりはない……)

 サーヤは拳をぎゅっと握った。足元の影が、一瞬、不自然に動いた。誰も気づいていない。


(こいつらを、マットの所へ――町へ行かせてはダメだ。最初から行かせるつもりはなかったけど)



「さあ、言え」

 最後の念押し。馬の魔族が、ひづめをがり、とかいた。彼も苛立ちを覚えているようだ。

「……ない……」

「なんだと?」

「マットの所へは、絶対に行かせない!!」


 ドンッ!!


 サーヤの影が足元から噴き出した。

「サーヤ! サーヤぁ!! ダメだぁ!!」

 コルが必死に声を上げるが、サーヤには聞こえない。まだ森に入っていなかった保安官達は、突然の事に事態を理解できず、悲鳴を上げながらとにかく森の中に飛び込んだ。



 魔族二匹は噴き上がる影を警戒し、一歩下がる。

「我らとやりあおうと言うのか。愚かな」

「串刺しにしてやらぁ!!」

 鳥の魔族は空へ飛び上がると、翼を大きく羽ばたかせ、尖った羽をサーヤへと一気に浴びせかけた。それは針のようになり、サーヤの体を貫こうとしている。


 噴き上がる影でサーヤの姿は見えないが、針と化した羽が影の中に入って行く。全て刺されば、命の保証はない。


「これだけ打ち込めば、生きてねぇだろ」

 余裕の表情の鳥。

「油断するな」

 馬の魔族がそう言った時だった。



 ヒュッ



「……え?」

「なっ……」

 鳥の魔族の目が見開かれた。ずるりと視界がずれる。何があったのかと気付いた時には、鳥は縦に真っ二つにされていたのだ。

 そして。


 ドドドドドッ!


「う……がぁ……」




「それ、お前のだろ? 全部返す」




 突如聞こえた男性の声。影の中に打ち込まれた針が、鳥の元へ戻って来たのだ。体中に突き刺さり、そのまま地面に落下する。ざらりと形が崩れ、鳥の魔族はちりになった。

「娘……!? 何をした!」

 馬の魔族は少し動揺の色を見せる。上体を低くして、警戒態勢を取った。


 影がかき消える。するとそこには、今までサーヤがいたはずなのに、別人が立っていたのだ。


 黒く長い前髪は顔の半分を隠してしまうほど。片方の黒い目は隠れて見えない。そして後ろの髪も長く、風がないのに揺らいでいる。服も上から靴まで全身真っ黒で、引き締まった体の線がよく分かった。彼の姿を見た者がどこか不気味だと感じたのは、太陽光を浴びても全く明るくならないその存在そのものだった。



 まるで、影そのもの。




「あぁ……、やっちまった。でも、今魔族と戦えるのは、あいつだけだ……。クロウ……」

 コルが呟いた。

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