第36話 力の感覚

 マットウェルは、自分の腕をなでた。ぐっと拳を握ってみる。


「この感覚だ」


 ずっと力を入れてもどこかから抜けていくような感覚だった。パンパンに空気を入れた風船なのに、シューっと空気が漏れているような。

 ディルンムットに封印を解いてもらうと、しっかり剣を握れるようになった。


 マットウェルとディルンムットが共に家から出ると、扉の前にはサーヤ達がいた。


「みんな……」

「どう? 腕の調子は」

 サーヤがにっと笑った。マットウェルは、拳を前に出した。

「素振りしてみるから、見てて」


 アルゴスの剣をすらりと抜く。上段の構えから一気に振り下ろした。


 ビュッ!!


「さっき見た時よりも剣にブレがない。振り抜く速度も上がってるみたいだね。マット、君の剣の腕は相当なものだな」

 ディルンムットが褒めた。褒められると嬉しいが、照れてしまう。マットウェルは照れくさそうに笑った。

「ありがとうございます。ディルンムット様のおかげです」

「アルゴスのおかげで、解呪の力の消耗も少なかった。正直、僕も助かったよ」

「しかし……、他の封印にほころびを作ってくださいました。本当に大丈夫ですか?」

「ああ。これくらいなら問題ない」

 二人の会話を聞いていたサーヤ達は、顔を見合わせた。

「封印に綻び?」

「残っている封印が解けやすくなるように、そこにも少し力を加えたんだ。びついて動かない鉄の扉を無理やり押し開くような感じの、厄介な封印だからね。開きやすくなるように、さびを落としたって感じかな」

 ディルンムットが例えて話をしてくれたので、理解しやすかった。

(さすが賢者。本当にすごいな……)

 サーヤは目をみはるばかりだ。



「でもよー、見た目はまだ変わってねぇのな」

 コルが口を開いた。

「腕だけ元に戻るのかと思ってたぜ。くくく」

「お前なぁ。アンバランスな体形になったら、余計、戦いにくいだろう」

 マットウェルが呆れたように返す。

「あー……、実は私もそうなったらめちゃくちゃ面白いなと思ってた」

「サーヤ……」

 全員が、子供のマットウェルに、腕だけ二十歳の腕が生えている姿を想像して、ぶっと吹き出した。

「その体でムッキムキの腕が……笑ける」

 コルは丸い体をコロコロ転がして、笑い転げていた。

「そんなにムキムキじゃないけど……」

「まぁ、元の姿に戻るのは、全ての封印を解いた時だろう。見た目は少年だけど、大人の力を持つ彼に、驚かされる事があるかもしれないね」

 ディルンムットが笑いながら言った。

「本当によかったね、マット!」

 サーヤの眩しい笑顔を向けられ、マットウェルも頷いた。

「ああ。ありがとうな。いろいろ気を遣ってくれて」

 ディルンムットから話を聞いたのだと察したサーヤは、ことさら明るく言った。

「当たり前でしょ! 仲間なんだから」



 柱の力が満ちているこの地ならば、魔族もすぐには来られない。サーヤ達はゆっくり体を休めようと、それぞれの部屋に戻り、布団に入る。ディルンムットとリリーシャも、二人の家で就寝だ。



 またいつもと変わらない朝が来ると思っていた。



 ガンガンガンガンガン!!!!


「!?」

 金属同士を打ち鳴らす、けたたましい音が夜の静寂を破り、響き渡る。飛び起きたディルンムットとリリーシャは、急いでリビングに駆けつけた。ディルンムットが指を一振りすると、大きな音はぴたりと止む。


 棚に並んだいくつもの鏡。森の監視レンズだ。その一つが赤く光っている。


「ディ、ディル……」

「侵入者だ」


 ディルンムットは、急いで灰色のローブを羽織り、手袋をはめ、拳を握ると家を飛び出して行った。

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