第4話 騒動
「エイナがいなくなった!」
「ジョシュも消えた!」
「探せ!!」
「なんだぁ?」
里が騒がしい。まだ外は真っ暗の深夜。マットウェルは、心地の良い眠りを妨げられ不機嫌だ。がさがさバタバタと松明の明かりが忙しそうに動いているのを、ボーっと眺めていた。
「マット!」
「んあ? かーさん?」
彼に声をかけたのは、マットウェルの母親。暗がりだが、焦りの色が見えている。
「寝ぼけてるんじゃないよ。ジョシュは知らない?」
「部屋にいねぇの?」
「知らないんだね? ジョシュが……、エイナと一緒にいなくなったの!!」
「……えぇ!?」
頭が完全に覚醒した。
「バルディン様、ユニ様、マットウェルを連れて来ました」
里長のバルディン、巫女のユニ、エイナの両親が、里の中心広場にいた。母と一緒にマットウェルが広場に近付いて来ると、里の者が一斉に彼を見る。不安そうな目、怒りを含んだ目がこちらを向いている。
「おじさん、おばさん……」
エイナの両親と目が合うと、二人はマットウェルに問うた。
「今夜、エイナとジョシュを見なかった?」
ナナの瞳は濡れており、手は震えていた。そんな彼女の肩を、ライルがしっかりと支えている。
「えぇっと……。エイナは、祈りの間から避難してから見てないです。ジョシュは、一緒に飯を食った後、部屋に戻ったのを見たのが最後です。俺もその後、寝る用意をして自分の部屋に戻ったんで」
「それから一度も見ていないんだね?」
これはライルだ。
「はい」
マットウェルは、今夜、ジョシュとエイナがこっそり森で会っていたのだと察していた。今までに何度も部屋を抜け出して、二人は小さな愛を育んでいた。そして、夜が明ける前には戻って来ていたのだ。今夜もいつもと同じだと思っていたのだが、彼らは大胆な行動に出たらしい。
「隠しても良い事などないぞ」
里長バルディンが上から目線で言って来た。マットウェルは、正直、里長の事が苦手だ。里をずっと治めて来た名君で、民の信頼も厚い。しかし、その厳しい目つきが、幼い頃から好きにはなれなかった。どうしても、バルディンに話しかけられると反抗的な態度を取ってしまいそうになる。
「隠してない! 俺も二人の事は今聞いたばかりなんです」
「本当かよ」
「実は逃がしたんじゃないのか?」
周りで見ている民の声は、マットウェルにも届いた。
「ちょっと、そんな言い方ないんじゃない!?」
ナナの友人ミーネが、陰口を言った民を睨む。
「知らねぇって言ってんだろ! 俺が知ってたら、俺も一緒に行ってる。完璧に逃がす為に、俺が囮になってる!! そもそも、何で逃げたって決めつけてんだ。誘拐されたかもしれないだろ!」
マットウェルの様子を見て、ユニが杖をトンと突いた。ざわついていた民が、しんと静まり返る。
「お前さんの言う通りだ。誘拐も考えたよ。しかしね、見張りが一人、ジョシュにやられたんだ。里の境界線を越えようとしている人影を見つけて、声をかけたら頭を殴られた」
マットウェルは、目の前が真っ暗になる。
「そんな……。人違いって事は――」
「ない。松明の明かりで、顔をはっきり見たそうだ」
「なんてことを……」
同じ里で暮らす者は、皆家族同然。温厚なジョシュが手を上げるなど、考えられなかったが、彼らの気持ちは痛いほど分かった。
(あいつら、本気なんだな)
「捜索は?」
「男達が追ってる。捕まえるのも、時間の問題だろう」
ユニは余裕の表情だ。バルディンも全く焦っていない。光の巫女はすぐに戻って来ると思っているのだろう。
「俺に捜索へ行けとは、言わないんですね」
「お前さんが行けば、余計に出て来ないだろうよ。自分達をおびき出す餌に使われていると、思うだろうからね」
よく分かっているばあさんだと、マットウェルは苦笑した。自分がジョシュとエイナを呼べば、逆に遠くへ行くだろう。むしろ自分が先頭に立ち里の者を連れていれば、彼らの逃げ道を作りやすいのでは、と考えていた。
「マット。お前さんは、余計な事はせずに、家で大人しくしていなさい。二人を連れ戻せば、呼んでやるよ。くれぐれも、逃がそうなんて考えるんじゃない」
(お見通しってわけかよ)
「はいはい。じゃ、俺はもう一回寝る事にしますよ。捜索、がんばってくださいね」
ぶっきらぼうに言い、エイナの両親に会釈だけして、マットウェルは自分の家に戻った。バルディンが、マットウェルの家を見張るように民に指示している。それが聞こえて、彼は奥歯を噛み締めた。
「母さん」
見張られている中、マットウェルは家でお茶を飲みながら、母に話しかけた。母親も、彼の見張りなのだ。それでも、家族として話がしたい。食卓の椅子に向かい合って座る。
「何?」
「ジョシュの事だけど……、怒ってる?」
母は、眉間に皺を寄せながら、右手で頭をグリグリとマッサージする。
「あの子の気持ちを理解してあげたいとは思うわよ。思うけど……相手が悪すぎるわ……。どうしてエイナなの……」
はぁ、と大きく息を吐く。光の巫女に手を出したとなれば、里の者でも風当たりはきつくなる。里長やユニを敵に回す事は、どうしても避けたいのだ。里の権力者を敵にする事ほど、恐ろしい事はない。
「エイナと年が近いのは、あんたかジョシュしかいないでしょ。正直、二人がエイナの取り合いをするかもしれないって、心配してた」
「え、まじで?」
母の思いを聞いて驚くマットウェル。
「ユニ様にも、釘を刺されてたのよ。注意しろって。あんたは恋愛の“れ”の字も知らないくらいに剣一筋だったから安心してた。嘘つくのも下手だしね」
「俺がアホみたいじゃねぇか」
「そうじゃない。気持ちが良いくらいに真っ直ぐなのは、あんたの良い所よ。胸を張りなさい。私は、そういうあんたが大好きなんだから」
「……」
マットウェルは照れ臭いのか、お茶をずず、と音を立てて飲んだ。
「ジョシュは、顔や態度に微塵も出さなかった。前から隠れて会ってたのかしら……」
今更隠してもしょうがないと、マットウェルは、小さく頷いた。外の見張りが聞き耳を立てているかもしれないからだ。母も彼の意図を汲み、何も言わなかった。彼女はジョシュの母親でもある。息子への愛情は、失っていない。
「今夜の事は、驚いたわね」
「ああ」
「とにかく、生きて、戻って来て欲しいものだわ……」
母の瞳の奥に、決意のような強い光を見たマットウェル。今は、じっと待つ事しか出来ないと分かっているので、湯飲みを持ち、母のカップにお茶を注いだ。
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