影の力を持つ私が、光の巫女である姉を倒しに行くことになりました

うた

第一章 聖なる里

第1話 はじまり

 オギャア……


 オギャア……



「生まれた! 双子の女の子だ! ナナ、よくやってくれた」

 ナナと呼ばれた女性は、涙を浮かべながら微笑んだ。

「ライル……。私達、お父さんとお母さんになれたわね」

「ああ。ぐすっ……」

「ふふ。泣かないの」

「嬉し涙だっ」

 頬を伝う涙を拭ったライル。ナナの夫であり、双子の父親だ。出産を手伝ってくれたナナの友人ミーネも、笑顔で見守っている。出産の為に作られたテントの中は、幸せで、平和な空間だった。


 ここには豪華な屋敷も、整った医療施設もない、山の中の小さな里。里の名は、セレティア。その日を暮らせる事に感謝しながら生きる部族だ。しかし、特別な力を持つ部族でもあった。世界の意思と交信する力があり、里の巫女は神託しんたくを授かり災いからこの世界ガイヤを守る。そして、自然界から力を借りて、ケガや病気を治す事が出来た。




 世界の母、ガイヤ。



 ガイヤは動物や植物など、この世の全ての生みの親であり、世界そのものを指す。大地の神と言う者も。ガイヤは世界でありながら意思を持っており、生まれる全ての者に、何らかの役目を与えている。この里セレティアは、ガイヤの意思によりこの地を守る役割を与えられているのだ。




「ユニ様がガイヤから受けた神託通り、双子が生まれた。光の巫女として、里とこの世界を光で満たし、災いから守る役目を果たすんだな。髪と瞳の色が珍しい。さすが特別な子だ。俺達の自慢だな」

「ええ。私達は、この子達をしっかり支えないとね」

 双子は幸せそうに、ゆりかごのふかふかの布団の上で、すやすやと眠っている。一人は白髪に金の瞳、もう一人は黒髪に黒い瞳をしている。顔つきも一緒な双子の違いはそれくらいだった。



「いけないよっ!!」



 幸福なムードをぶち壊す、しわがれた声が響いた。ナナとライルは驚いて、テントの入口を見る。

「ユニ様?」

 テントにずかずかと入って来たのは、里の巫女ユニ。長い白髪を垂らした小さな老女だ。彼女の首にある、美しい緑の勾玉と白い石のネックレスがしゃらりと音を立てた。曲がった腰は、彼女の生きた歳月を物語っている。そして右手に持つ長い杖は、どうしても前かがみになる上体を支えていた。老体だが、その目は険しく吊り上がり、ギラついていて恐怖すら覚える迫力。そして彼女の後ろには、里の男達が四人立っていた。


「出産を終えたばかりなのに、何事ですか!? ナナにはまだ休息が必要です」

 ミーネは、双子を守るようにゆりかごの前に立つが、一人の男に腕を掴まれ引っ張られた。

「きゃあっ!」

「ミーネっ。な、何を――!?」

 ナナは目を瞠った。出産という大仕事の後は、全ての力を使い果たしているので、起き上がる事が出来ない。

「ユニ様、説明して下さい!」

 ライルも声を荒げる。

 ユニは、ゆりかごで眠る双子をじっと見つめ、はぁ、とため息をついた。

「何と言う事じゃ……。光と影が、一緒に出てしもうた……」


「光と、影?」


 ライルとナナが顔を見合わせた。ユニが二人に向き直る。

「二人共よく聞きなさい。この双子は、幸と不幸をもたらす運命を背負って生まれてきた」

「え……。光の巫女となる子達でしょう?」

 ライルの言葉に、ユニは首を横に振った。

「一人はな。だが、もう一人は違う。この世に生まれた瞬間、ガイヤから啓示けいじがあった」

 ナナとライルは不安そうに眉を寄せた。ぎゅっと手を握り合う。

「影の力……。世界を闇で覆い、災いを起こす。ガイヤを破壊する力だ……」

 ナナが、ひっと息を飲んだ。

「そんな!」

 ライルがゆりかごをのぞいた。

「どちらも同じ顔……。顔色も良い。幸せそうに眠っています。幸せしかありません! 何かの間違いです!!」

「間違いではない。ガイヤが教えてくれたのだ。黒髪の方だ」

 ユニが後ろに立つ男の一人に目配せをする。男は小さく頷くと、ゆりかごへ向かい、寝ていた右側の赤ん坊を抱き上げた。

「いやっ!」

「何すんだ!」

 ライルが男から我が子を取り戻そうと両手を伸ばしたが、残りの二人がライルを引き剥がし、動けないようつかんで離さない。ミーネも腕を振りほどこうともがくが、最初の男に掴まれているので、動く事が出来ずにいた。


「ふぎゃ……。ああぁぁ!!」

 騒ぎに気付いた赤ん坊は、泣きだしてしまう。抱いていた男は、よしよしと背中をぽんぽんするが、余計に泣いてしまった。ゆりかごで寝ていた白髪の赤ん坊も、隣に片割れがいない事に気付き、泣いている。


 ユニは、取り上げた赤ん坊の額に手をかざす。そして、間違いないと呟いた。

「ライル、ナナ。影の力を持つ子を、この里に置く事はできん。理解してくれ」

「世界を破壊するなんて、決まったわけじゃないでしょう! 私達が気を付けて育てます。そんな事にならないようにします! 私達からその子を奪わないでください!!」

 ライルが必死に頼み込む。

「ユニ様、私は命がけで生んだのです……。その子も、命がけでこの世界に出て来てくれました。どうする気ですか。その子だって、この世界で生きる資格があります! 私達が、責任をもって育てます!!」

 ナナは、力の入らない体を必死に動かし、寝ていたベッドから転げ落ちた。そして、いずって我が子を手にしている男の元へ進んで行く。手を伸ばし、男のズボンのすそをぎゅっと掴んだ。

「返して。お願い……」

「っ……」

 懇願こんがんされた男に迷いの色が浮かんだ。

「……すみません」

 一言謝ると、握られている足を動かし、ナナの手を振りほどく。そして、そのままナナとライルの顔を見る事なく、足早にテントから出て行ってしまった。

「待て! 娘を返せええぇぇ!!」

「赤ちゃんが……。ああ……、あぁぁ……」

 赤ん坊の泣き声が聞こえる。必死に自分達を呼んでいる。しかし、その声はどんどん遠ざかって行く。


「ここにあの子を置く事は出来ない。これは、ガイヤの意思でもある。すまぬ。分かってくれ……」


 ユニとて良心がある。生まれたばかりの子を親から引き離すなど、これほどの非道があろうか。自分がどれだけ酷いことをしているか、彼女は痛いほど分かっていた。それでも、自分は巫女。世界を守る役目がある。杖を握る力が強くなりながらも、心を鬼にした。




 外では、事情を知る里の者達が、静かに事の成り行きを見守っている。



 テントからは、ライルの咆哮ほうこうと、ナナの悲痛な泣き声、そして一人分の赤ん坊の声が響いていた。

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