第59話 浄化の風

「おーい!」

 遠くから馬の蹄の音と、保安官達の声が聞こえた。先頭にいるのは隊長だ。十人ほどの部下を連れ、様子を見に来たようだった。

「大丈夫か! 町の者達の確認を急げ! その子はサーヤじゃないか」

 隊長は、倒れている人間が何人もいて驚きを隠せない。そしてその中のサーヤに気付く。すぐに馬から降り、側に駆け寄る。部下達も馬を降り、町の人間の元へと散らばって行く。マットウェルに助けられた保安官達は、彼がいる事に気付いて笑顔になった。


「生きているのだな?」

「はい。ですが、町の方達は助けられませんでした……」

「なっ――」

 エクレーの返事を聞いて、隊長は部下達を見た。誰もが言葉もなく首を横に振る。

「そうか……。すぐに避難をさせられなかった我々の責任だ。こんな事になろうとは……」

「祈りの石が魔族に変わるなんて、誰が予想できるかよ。原因は光の巫女だ。あんまり思い詰めんな」

 コルがぶっきらぼうながらも、保安官達に言葉をかけた。言葉は乱暴だが、心がこもっている。

「ありがとう。東の森の前で魔族が突然現れ、女の子が身をていして守ってくれたと聞いた。男もいたと聞いたが。町の人間ではないと言っていたので、まずサーヤだと思ったよ。間違いないな?」

「そうだ。男はサーヤの力だから、気にすんな」

「ほ、ほぅ……」

 コルの返事に、隊長は若干戸惑い気味だ。


 それから隊長は辺りを見回し、ディルンムットの所へ向かった。数人の保安官は、マットウェルの所に向かう。マットウェルは、兄のウルヴの近くで座り込み、末っ子を慰めていた。彼らは近付くと、視線を合わせるように膝を付いた。

「君! 生きててよかったよ」

「おじさん達もな」

 マットウェルも見覚えのある彼らに気付く。互いに、生きていた事を喜んだ。

「ケガをした仲間も、君のおかげで一命を取り留めた。本当に、君は命の恩人だ」

「良かった」

 倒れているウルヴを見て、彼らはマットウェルの腕の中で泣き疲れてうとうとしている末っ子のウルヴの状況を悟った。

「この子の家族か?」

「ああ。この子の母さんと兄さん達は、立派に戦ったんだ。彼らがいなければ、勝てなかった……」

「そうか……」

 保安官達は、右腕を左胸に当て、目を閉じる。哀悼の意を表わしたのだ。



「賢者殿……。この町の為に戦って下さり、本当に感謝しております。我らはあなたに酷い仕打ちをしたのに……。これほどの大けがを負ってまで……」

 隊長はディルンムットに敬意を表するように、敬語を使った。そして彼の足の状態を見て、隊長は部下に車椅子を持ってくるように指示をする。

「いや、三年前の事は、僕にも責任があった。もっとうまく立ち回れていればと後悔したよ。今回は、ちゃんと役目を果たせたかな」

 困ったように眉を寄せるディルンムットに、隊長は首を大きく横に振った。

「三年前の真実を、サーヤから聞きました。我らはあなたを誤解していた。前も、今回も、あなたはこの町を救って下さった。森の獣達も、命を賭けてくれるなど……。我らを憎んでいたのに」

「それは、サーヤに礼を言ってくれ。ウルヴ達は、サーヤの為に力を貸してくれた」

 保安官達は、彼の話に驚き目を見開いた。

「サーヤ……。彼女は一体、何者なのですか? 黒い光の巫女を見ました。サーヤは巫女の妹だと。確かに、顔はそっくりでしたが……」

 ディルンムットは、サーヤが誤解を受けないように、真実と彼の思いを伝えた。


「確かに血縁を見れば、彼女は闇堕ちした光の巫女の妹だ。だが、ガイヤが選んだ子だ。サーヤだけじゃない。マット、エクレー、コル、そしてクロウも、皆がこの世界の光となり、希望となると僕は信じている。僕だけじゃない。ウルヴも同じ想いだったはずだよ。あの子達の歩む道は、辛く厳しいだろう。どうか、彼らの味方になって欲しい」


 ディルンムットの心からの言葉に、隊長は頷いた。

「もちろんです。この町は、彼らに恩がある。彼らの為になる事ならば、協力を惜しみません」

「ありがとう」

 ガラガラと音を立て、車椅子が到着する。ディルンムットの体は重い。リリーシャと隊長達が力を合わせ、椅子に座らせた。

「森に戻る時も、我らが力を貸します。町の外は、車椅子では難しいでしょう」

「嬉しいよ」

 ディルンムットは笑顔を向けた。そして、辺りを見回す。

「さて、どうしたものか……」

「ディル?」

 ディルンムットの呟きに、リリーシャが首を傾げた。

「この町は、魔の力に晒されてしまった。所々、まだ黒い瘴気がくすぶっている。柱の力を増幅したのに……。光の巫女なら、一瞬で浄化できるんだが、彼女も穢れてしまったし。この状態で町の人間を家に帰すわけにはいかない。この瘴気から、新たな魔族がまた出て来るかもしれないから」

「えぇ!?」

 リリーシャや保安官達が驚きの声を上げ、辺りを見た。崩れた建物の影に黒いもやが漂っている。それは泥と黒い狼の魔族がいた場所にも。よく見れば、あちこちに黒いもやが揺れていた。エクレーやコル、マットウェルもこちらを向いている。

「エクレー。一応聞くけど、君達やサーヤに穢れを祓う力はあるかい?」

「ありません。私達は影です。サーヤもそのような力はないはずです」

「そうだよなぁ」

 ディルンムットがううむ、と考え込んだ。その様子を見て、コルが口を開く。

「賢者の力じゃ無理か?」

「出来る事ならやりたいけど、今は力を消耗していてね。ちょっと無理なんだ」

 眉を寄せて申し訳なさそうに頭をかいた。

「困ったな。なら、北の森に頼みに行くしか……」

 そう呟いた時だった。



 ばさっ、ばさっ



「ん?」

 マットウェルが上を見た。翼が羽ばたく音がしたのだ。それにつられて保安官達も空を見上げ、目を見開いた。

「たっ、隊長!!」

「なんだ?」

「じょ、上空に――!」

 慌てる保安官達の声を聞いて、全員が視線を上げ、ディルンムットは笑顔を浮かべる。

「ああ、来てくれたのか。アウィス!」


 ばさりと大きな音を立て、アウィスが町へと飛んできたのだ。そして近くの建物に着地した。三年前のように、怒りを露わにしていない。落ち着き、太陽の光を浴びて、白い羽はより白く炎のように揺らぎ、赤い瞳も額の石も輝くほどに美しい。


『私はそなた達に恩がある。その恩を返すべく、ここへ来た。私に戦う力はないが、魔に穢れた地を浄化する事はできる。取り決めをまたやぶってしまったが、今回は許してもらえるだろうか?』


「土地を浄化……?」

 リリーシャがぽつりと言った。

「太古から生きる獣は、ガイヤから特別な力を授かっているんだ。アウィスは風を巻き起こし、よどんだ空気や穢れを吹き飛ばす。ああ、許すよアウィス。頼んだ!」


 アウィスは大きな翼を広げ、空へ舞い上がる。そして力強く翼を羽ばたかせ、突風のような強い風を起こした。その風はゴウゴウと轟音を立て、町の全ての道や建物の中を吹き抜けていく。小さな瓦礫は一緒に吹き飛んで行ってしまった。


「うわあああぁっ!!」

「きゃああ!!」

「飛ばされるなっ。どこでもいい、しがみ付けぇぇ!!」

「おぉ。これはすごいな……」


 あまりの暴風に、マットウェル達も飛ばされそうになり、一同はパニックになっていた。最後のセリフはディルンムットだ。リリーシャも暴れるスカートを必死に押さえつけ、鉄の体で出来ているディルンムットにしがみ付く。保安官達も、馬と一緒に急いで近くの建物や大きな瓦礫、塀の影に隠れて、飛ばされないようにした。

 コルは、エクレーとサーヤ、マットウェル、そしてウルヴ等の亡くなった者達が飛ばされないように防護壁でしっかりと守る。


「なんでええぇぇっ!!」

「あっ、マット!!」

 コルの防護壁に守られていたマットウェルだったが、足元の石畳が風の力で剥がれてしまい、防護壁ごと飛ばされてしまった。末っ子のウルヴも腕に抱いたままだ。おかげで眠気も吹き飛んだ。

 防護壁は消えてしまい、竜巻のような風に体が浮く。コルが彼を呼び、エクレーが鎖の付いた釜をすぐさま影から取り出し、鎖を投げた。マットウェルの足に巻き付き、引き寄せる。地面に体を打ち付けたが、なんとか着地した。急いで防護壁の中に入れる。


「た、助かりました……」

「ふぅ。良かったです」


 エクレーもホッと息を吐いた。


 浄化の風と言う名の暴風は、荒々しくも町中の黒い魔力のもやを全て吹き飛ばし、かき消し、徐々におさまって行く。その後には、戦いの傷跡は残ったが、町の空気はとても清らかになり、キラキラとした光が辺りに漂っていた。

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