第6話 異常事態

「……何と言うことだ……」


 セレティアから離れた森の中から聞こえた音。そこまで響く事はなかったが、立ち昇る煙は明らかにそこで何かが起きた事を示していた。

 その煙を見て、ユニの表情が変わった。夜通し起きていたユニ。広場の中央で、彼女の側にはライルとナナもいる。エイナとジョシュが心配で、寝ていられなかったのだ。族長バルディンは、休憩の為に一旦自宅へ戻っていた。既に太陽が顔を出す時間だが、分厚い雲が空を覆い、暗い。


「ユニ様、あれはエイナ達が……?」

 ライルが不安そうな表情で、ユニを見た。里の者も、ざわつき森を見つめている。

「ライル、マットウェルを呼ぶんだ。大至急!」

「は、はい!!」

 焦るユニを初めて見たライルは、事態がただ事ではないと感じ、急いでマットウェルの家へと向かう。


 間もなく走って広場へやってきたマットウェル。彼の母親も一緒に来た。

「何かあったんですか!?」

 建物の中にいた彼らは、爆発が聞こえなかったようだ。

「マット、耳を貸しな」

「え? あ、はい」

 ユニの指示で、身を屈めるマットウェル。すると、森から走って来る人影が見えた。

「あ、あなた!」

 マットウェルの母親が声を上げ、駆け出した。彼の父親も捜索に出ていたのだ。そして、父親の姿を見て、里は騒然となった。

「ガレイン! 一体どうして――」

 ライルが駆け寄り、顔を歪める。マットウェルの父親は、体中傷だらけで血を流していたのだ。

「み、皆……、にげろ……」

 小さく呟く事しか出来ない。ごふっと血を吐き、そのまま動かなくなった。

「いやぁっ! どうしてこんな事に!!」

 マットウェルの母親は、泣き叫びながら夫にすがりついた。

「うそだろ……、おや――」

「待て!」

 父親に駆け寄ろうとしたマットウェルの服を掴んで止めたユニ。

「何すんだ婆さん!」

「先に聞け! お前さんは今すぐこの里を出発するんだ」

「はぁ!? 何言ってんだ」

 里を出る時は、他の街への買い出しや、正当な用事があって初めて許可される。この状況でお使いなど、ありえない。ユニは、持っていた錫杖でマットウェルの膝を打ち、膝カックンさせた。がくりと崩れ落ちるマットウェルに、小声で告げる。


「ここから西にまっすぐ行け。ミリューという街を目指すんだ。いいね、ミリューだよ。そこの森の中に賢者がいる。その者を訪ねて、この里で起きた事を話すんだ。光の巫女が、闇に堕ちたと」


「……え」

 今聞いた言葉が、理解できない。

「エイナが……何だって?」

「あの賢者がきっと力になってくれる。早く行け!」



「どこに行くって?」



「!!」

 ユニとマットウェルの耳元で聞こえた声に、二人はゾッと体中の毛が逆立った。聞いた事がない声。深く、暗く、冷たい声だ。凍り付いたように固まったマットウェル。眼球だけゆっくり動かし、声の主を見た。


 黒い肌。

 吊り上がった黄色い目。瞳孔は黒い。

 尖った耳。

 背中からコウモリのような翼が見える。

 髪の毛が一本も生えていない、異形の姿。


 にたりと笑う顔を間近で見て、意識を手放しそうになった。

「魔族め! このガイヤにどこから入ったんだい!?」

 ユニの声でハッと我に返る。

「ま、ぞ……く?」

 伝承の中でしか聞いた事がなかった。それが今目の前にいるなど、現実的でなく、マットウェルは夢なのではと思ってしまった。

「ギャアギャアうるせぇな」

 大きな左手が上がり、人差し指でピンとユニを弾く。すると、小石を弾き飛ばしたように、軽々とユニは離れた所にある木に激突した。ずるりと地面に落ち、動かない。

「ユ、ユニ……さま……」

 里の者達の悲鳴が響き渡る。マットウェルは、震える手をぎゅっと握りしめ、ユニの名を呼ぶ事しか出来ない。

「お前がマットウェルか?」

「!」

 魔族と呼ばれた生き物が、マットウェルを確認する。

「なぁ、マットウェルって名前か聞いてんだ」

 魔族は少しイライラしていた。しかし、得体の知れない生き物に正直にそうだと言う勇気などない。認めた瞬間、何が起こるか分からないからだ。里の皆も静かになった。だれもマットウェルを呼ぼうとしない。彼の耳に聞こえるのは、自分の心臓の音だけだ。




「マット。怖いものなんてないって言ってたのに、彼が怖いの?」




「!」

 がばりと顔を上げた。そして、目を見開く。今、見ている全てが信じられなかった。


「エ、エイナ……」


 もつれる舌で呼んだ。くすくすと笑うエイナが宙に浮いていたのだ。しかし、その目は笑っていない。冷たい瞳で見下ろされている。そして彼女の姿を見て、最悪の事態が起きたのだとマットウェルは理解した。



 エイナの髪の毛が、よどんだ紫に染まっていたのだ。

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