第7話 脅威
「エイナ! ジョシュと一緒だったんじゃ……」
「ジョシュは、ここにいるわ」
マットウェルが声を上げると、エイナが答えた。右手を前に出すと、ジョシュが彼女の前に現れる。傷だらけだ。気を失っている彼を、エイナが抱き寄せた。
「この傷、誰が付けたと思う? この里の人間よ。私も襲われる所だった。聖なる里の人間って言っても、所詮、他の町の男と同じね。皆、大嫌いよ」
エイナの冷たい眼差しが、周りの人間に向けられる。里の者達は驚き、恐怖を覚えて顔色が真っ青になっていた。
「私の気持ちに呼応して、彼が来てくれた。私とジョシュを助けてくれたの」
彼とは、この魔族の事だ。
「助けって……、二人を襲ったって言う、里の奴はどうなったん――」
最後まで言えなかった。エイナの口の端が上がり、視界の中にいる魔族の顔が、にたりと歪んだのだ。それが何を意味しているのかは、嫌でも分かった。
「お、お前が、魔族をこの世界に入れたのか……」
「彼が来てくれなければ、私とジョシュは殺されていたわ。もっとひどい事になっていたかも。仕方がなかったの。でも、あの婆さんから聞いていた魔族の話とは違ったわ。姿は怖いかもしれないけど、話せば分かる」
エイナがユニの事を“婆さん”と呼ぶとは。マットウェルは、これが現実なのか実感が持てずにいた。
「ジョシュの事も、助けてくれると言っているの。彼の力がなければ、死んでしまう。私はジョシュのお嫁さんになりたいの。ただ、幸せになりたいだけなのよ。元気になったらマットの所に行くから、ちょっと待っててね」
「え……、どういう……」
「魔族の彼はね、この里の者を、一人だけ見逃してくれるって言ってるの。特別にね。私とジョシュの味方はマットだけ。本当は、森の中で助けて欲しかったけど、ジョシュがあなたは私達の為に来ないって言ってたから、恨んだりしないわ」
マットウェルは、エイナが何を言っているのか、理解できずにいた。
「マットも、こんな里なんか出て、他の町で生き直すべきよ。ちゃんと探して会いに行くから、心配しないで」
「えっ、ちょっ――」
パンッ!
「きゃああぁっ!!」
周りから悲鳴が上がった。一瞬にして、マットウェルが消えたのだ。魔族の手がマットウェルの体に触れた途端、音と共に消えてしまった。砂埃だけが舞う。マットウェルの母親は、自分を保つのが限界に近付いていた。
「エイナ!」
たまらず叫んでいた。エイナは、マットウェルの母親を見る。
「あんた、自分が何をしたのか分かってるの!?」
怒りを含んだ声。今までエイナをこんな風に怒る者などいなかった。エイナの視線は、冷たいまま、自分の両親とマットウェルの母親を映す。
「愛情を持って育ててくれた事は感謝してる。でも、もう限界なの。この里にいたら、私はあなた達に殺されてしまう。ううん。もう私の心は削れているの。何度も襲われて、何度も傷付いた。誰も、私を本当に守ってくれはしなかった。一番大切なジョシュをこんな目に遭わせて、許せると思う?」
「だから、あなた達を探していた皆を傷付けたの? 私の夫を殺したの? 息子を……マットを消したの!?」
マットウェルの母親は、夫のガレインをそっと地面に寝かせ、エイナの元へ走り出した。
「よくも家族を――」
バンッ!
魔族の大きな左手が、母親に触れた。今度は消える事なく、彼女を叩き散らす。びしゃりと血が勢いよく飛び散り、体は木端微塵になった。もう、誰も声を上げない。恐怖で動く事も出来ずにいた。
「エイナ、あなたが思いつめていた事、気付いてた。なのに、助けてあげられなくて、ごめんなさい!」
エイナの両親が語り掛ける。
「あなたの気が済むなら、私達はどうなっても良い。だからどうか、里の皆をこれ以上傷付けないで。お願いします!」
ナナは、娘に頭を下げる。
「娘がこうなってしまったのは、親の責任だ。巫女だからと、役目を押し付け過ぎた。もっと話を聞いてやるべきだった。後悔してもしきれないよ。エイナ、ジョシュは俺達で看病しよう。世界中から名医を連れて来て、治してやろう。魔族と縁を切って、こっちへ来るんだ」
ライルも必死に訴えるが、エイナは表情を崩さない。濁った紫の髪の毛が、風になびいた。
「言ったでしょ。魔族の力を借りないと、ジョシュは死んでしまうの。人間のちっぽけな力なんていらないわ」
エイナは、ジョシュを抱いたまま、ふわりと高度を上げた。森の木々よりも高く浮いて行く。
「この里で、見逃す人間はたった一人。マットはもう避難したの。だから――」
魔族がにたりと笑った。
「さよなら」
世界が響くほどの音が突き抜け、大地が揺れた。黒い光は空まで届き、雲をかき消してしまう。
聖なる里と言われたセレティアは、あっという間に消滅し、そこに黒い穴がぽっかりと開いた。底のない、まっくらな闇が大地の奥へ続く。
この瞬間から、ガイヤは魔族の脅威にさらされる事となった。
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