第8話 混濁
「う……」
土の臭いが鼻をつく。湿った土をぎゅっと握りしめると、徐々に意識が戻って来た。頭がクラクラして、気分が悪いが、のそりと上体を起こした。
「ここ、どこだ……?」
マットウェルは、辺りを見回した。森の中にいるのだが、全く見覚えがない。体もあちこち痛い。ふと、自分の手を見て違和感を覚えた。
「あれ、これ……俺の手か……?」
目の前まで手を上げ、グーパーを繰り返す。どう違うかと言われれば、うまく言葉に出来ないのだが、どうも違う。そんな気がしていた。
「俺……、えと、名前? 何だっけ……」
おかしい。自分の名前が出て来ない。マットウェルは必死に記憶を辿ろうとしていた。
「何でここにいるんだっけ? どこから来たんだ? 俺は、どこに行けば――」
――ここから西にまっすぐ行け。ミリューという町を目指すんだ――
「……ミリュー……」
誰が言ったのか思い出せないが、心の奥底で、小さく聞こえた気がした。他は、全く思い出せない。
「西……ミリュー……」
それだけ呟きながら、マットウェルは痛む体を起こし、一歩を踏み出した。この町に何があるのか分からない。しかし、手掛かりはこれしかないのだ。真っ白な頭の中にある、わずかな記憶。これだけを頼りに、森の中を進んで行く。
「うわっ!」
木の根っこに足を取られ、べしゃりとこけてしまう。自分が自分でないようで、意識も途切れ途切れ。気を失ってしまいそうだ。
「あ……ぁ……」
誰かを呼ぼうにも、名前が出て来ない。頼りたい人は誰だろうかと考える。父か、母か、兄弟、友か。しかし今の彼には、誰の名前も、顔も、全く思い出せずにいる。
「俺は誰だ……。ミリューって、どこだよ……」
じわり、と視界が滲んだ。すると、ふと暗くなる。
「ミリューの町に行きたいのね?」
(だれ……?)
「大丈夫。連れて行ってあげるわ。その間、体を休めなさい」
柔らかく、優しい女性の声。マットウェルは、その人物の顔が霞んで見えなかったが、温かい感覚が体を包み込んだので、そのまま安心すると意識が遠のいた。
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