第40話 透明人間

「ん? えっ!?」

 ディルンムットが自分の所へ近付いてくる気配に気付いた。薄暗い森の中、大きな黒い鳥がこちらへ飛んで来る。物凄いスピードで。


「おぉぉ、追いついたあぁぁ!!」

 コルが地面に着地した。スピードは落ちる事なく、ざざざぁっ、と土をえぐりディルンムットの前で何とか止まる。

「たたた、助けてえぇ!!」

 コルが小さい姿に戻り、あっという間にディルンムットの後ろに隠れる。サーヤとマットウェルはコルの動きに着いて行けず、地面の上で突っ伏したままだ。服が汚れた。

「いってて……」

「君達―――っ!」

『その人間、よこせ』

 ディルンムットは、サーヤとマットウェルに迫る三匹の獣を見た。獣の吐く息が白く漂う。二人は「ひっ」と息を飲んだ。

「この子達は土の柱の使者だ。傷付ける事はガイヤの意思に反する。見逃してほしい」

『……』

 ディルンムットと獣が睨み合う。サーヤとマットウェルは、獣の爪の間合いにいるので、下手に動けない。


 キエエェェ!!

 アウィスの声が響く。大きな翼をばたつかせ、自分の卵を探すように森の木や茂みをかき分けた。力が強すぎて、木がばきりと折れ、倒れてしまう。隙間が出来たおかげで、太陽の光が差し込んできた。


『ちっ。アウィスの卵をさっさと探せ。声がうるせぇ』

 獣達は、それだけ言うと、来た道を戻って行った。

「助かったぁ……」

 マットウェルがホッと胸をなでおろす。サーヤも自然と止めていた呼吸を再開し、息を吐いた。

「そうだ。あの影――……」

 周りを見回す。


「君達、僕を追って来たんだね」

「はい。力になれればと思いまして」

「それなら、がっかりさせてしまうね。僕は、犯人をまた逃がしてしまったようだ……」

 警報が鳴ってすぐにかけつけた。犯人が森に入って、アウィスの棲み処に辿り着き卵を奪っても、ディルンムットは逃げられる前に間に合ったと思ったのだが、姿がないのだ。



「に、逃げるな!」



「!?」

 サーヤの声にディルンムット達が反応した。サーヤを見れば、茂みの所で一人、何かを手にして引っ張っている。

「サーヤ、何してんだ!?」

「こっ、ここに誰かいる!」

 サーヤの言葉に、マットが素早く動いた。腰にたずさえているアルゴスの剣をさやのまま抜き取り、サーヤの前方に向けて振り下ろしたのだ。


「っだっ!!」


 ガチャンと剣が何かに当たり、声が聞こえた。男の声だ。マットウェルが手の伸ばし、くうを掴むが確かに感触がある。

「いって! ジタバタすんなっっ」

 マットウェルも声を荒げた。腕力が元に戻っているので、大人も押さえつける事が出来る。サーヤが目をらすと、下の方で何かが光っているように感じ、そこへ手を伸ばした。

「!? やめろっ」

 サーヤが手にしたモノを握りしめ、一歩引いた。すると、今までいなかった場所に、男が突然現れたのだ。

 ディルンムットは、すぐにこの男がアウィスの卵を盗んだ犯人だと察し、自分の手から鉄の帯を取り出すと、男の体に巻き付け拘束した。上半身と両足がガッチリ固定される。鉄なので絶対に引きちぎる事は出来ない。そして、彼は男の顔を見て一言。

「……この者は、誰だ?」


 目の前に現れた男は、ウェーブのかかった髪の毛を振り乱し、こちらをギッと睨んでいる。顔も服も、もちろん口ひげも、泥で汚れていた。

 そう。この男。リリーシャとエクレーが宿で部屋を突き止めた、あの紳士だった。

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