第39話 犯人

「くっ、どこだ!」


 ディルンムットが暗闇の中、ランプの明かりを辺りに照らしながら犯人の足取りを追っていた。アウィスの声が聞こえる。悲痛な、泣き叫ぶような声だ。


(もう奪われたのか!?)


 地面は湿度が高い。辺りにはコケが生えているが、踏んでもすぐに元に戻り、足跡を消してしまう。

「何故、姿を捉えられない。これじゃあ、三年前と同じだ!」

 彼は焦っていた。





「はぁ、はぁ……。やっと着いた」

 暗い夜道を走って来たリリーシャとエクレー。エクレーがいてくれたおかげで、道中危険な事は何もなく町まで辿り着く事ができた。目的は、町の宿屋だ。

「宿屋は二軒あるんです。近い所から行きましょう」

「分かりました」

 二人はいくつか角を曲がり、目的の宿が見える場所へ来た。

「! あれは……」

「当たりのようですね」

 町は夜明けの頃から動き出す店もある為、明かりがいくつか灯っていた。そのおかげで視界も良好。二人は目的のものを見つけたのだ。


 宿屋の二階。開け放たれた窓から、ロープが垂れ下がっている。


「あそこのご主人は知り合いです。早く行きましょう!」



 裏の勝手口のドアを叩き、まだ寝ていた宿屋の主人を無理やり起こした。そして事態の説明をし、二階の怪しい部屋を確認してほしいと願い出る。

「もし部屋に誰かいたらどうするんだ? 危ない事には首を突っ込みたくないんだが……」

「私が対処します」

 エクレーが名乗り出てくれた。手に持っている剣をきらりと見せる。

「ディルの信用を取り戻す為なの。おじさん、お願いします!」

 リリーシャが頭を下げた。主人は困ったように眉を寄せる。

「まぁ、君の頼みだからね」

「! ありがとうございます!!」

 マスターキーを持ち、三人は廊下に出た。まだ人は寝ている時間だ。廊下は静かだった。何の音もしない。いくつか部屋は空いているが、半分以上の部屋は埋まり、客もそれぞれ部屋にいるのだという。

 目的の部屋に到着する。エクレーが中の様子を伺った。

「人の気配はないようです」

「もし勘違いだったら、こっちの信用に関わるからね。頼むよ!」

 ガチャリと鍵を回す。開いた扉の向こうから風がびゅっと吹き抜けた。開いた窓に、カーテンが揺れている。そして、ベッドの足に結ばれたロープは、窓の外へと続いていた。

「なんだ……コレは……」

「ここにはどんな客が?」

 エクレーが質問する。主人は首をひねりながらも記憶を辿った。

「えぇと、キレイな身なりの紳士だったよ。口ひげを生やして、人が良さそうな。ああ、仕事でこの町に来たと言っていたな。商談があるとかで」

「紳士……」

「紳士はこんな事しないわ! 最初から森に入るつもりだったのよ」

 リリーシャは怒りを露わにしている。

「三年前にも、その紳士を泊めた事は?」

「いや、ない。彼も来たのは初めてだと言っていた」

「そうですか」

 エクレーは扉へと引き返す。

「リリーシャさん、保安局へ行きましょう。ご主人、この部屋はこのままにしておいてください。局員が来たら、この部屋を見せて頂けますか?」

「あ、ああ。分かったよ」


 宿屋を後にした二人は、保安局へ向かう。

「取り合ってくれるでしょうか。ディルの追放騒ぎの時、何も動いてくれなかったんです」

 森を放火した町の人間を処罰することなく、燃える森の消火すらしなかった。あの時は雨が降ったおかげで鎮火できたものの、燃えた後は草木も生えない状態になってしまっている。

「それでも情報を与えておかなければ、後で知らぬ存ぜぬで済まされてしまいます。もしまた町に何かあれば、全てをディルンムット様の責任だと、押し付けられてしまうでしょう」

「……そうですね。弱気になっては、いけませんね」

 背筋を伸ばすリリーシャを見て、エクレーはふっと口元を緩めた。

「あなたがいてくれて、ディルンムット様は幸せですね」

「え!?」

「あなたは強い方です。必ず、お守りします」

「エクレーさん……。よろしくお願いします!」


 町の保安局が見えて来た。





「いぃやあぁぁぁあ!!」

『ここに入った人間は残らず喰っちまえ!!』

 巨大鳥になったコルの背にしがみつきながら、サーヤとマットウェルは必死に森の獣達から逃げていた。三匹に追われている。暗いせいで姿がはっきりと見えない上、大きな気配と声、威圧感に恐怖が増す。

「さっきの奴がどれだけ話の分かる奴だったか!」

「この反応が通常なのよ!!」

「ひいぃぃっ! まだ追いつかねぇか!?」

「もう少し……、いた!」

 ジグザグに木の間を飛び、追いかけて来る獣を撒きながら、コルは必死に真っ暗な中を進んでいた。鳥目でほとんど見えない状態だが、木の気配を察知して寸での所で避ける。たまに失敗して頭を枝に打ち付けてしまう時もあったが、痛みよりも命の方が大事。

 太陽が少しずつ顔を出しているおかげで、森にも光が入るようになってきた。それでもまだ薄暗い。サーヤはディルンムットの姿を捉えた。



 そして



「ん? あれは……」

 ディルンムットから離れた場所に、何かがうずくまっているのを発見したのだ。

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