第38話 足跡を追って

「足跡、分かる?」

「いや。暗くて全然見えねぇ」

 コルの背中に乗って、森の東側に到着したサーヤとマットウェル。ディルンムットの後を追う為に、足跡を探していた。しんと静まり返り、この静寂が逆に恐ろしく感じる。

 まだ日の出には時間があった。山を見れば、うっすらと空が白んできているが、自分たちがいる場所は明るくない。ランプで辺りを見回しているが、夜の闇はまだまだ深かった。

「しょうがない」

 サーヤが地に手をついた。意識を集中させると、彼女を中心にしてふわりと風が過ぎ去っていく。マットウェルの髪の毛が揺れた。

「今のは……」

「サーヤが力を使えば、暗闇でも物を見る事が出来るからな」

 コルが説明してくれた。

「影の力で出来たコルは、見えないのか?」

「オレ様は、鳥目なの」

「そうですか……」


「これだ!」


 サーヤがディルンムットの足跡を見つけた。自分たちがいる場所よりももっと奥だ。サーヤは左手にランプを持っているが、今の彼女にはランプは不要だ。しかし、マットウェルとコルには明かりが必要なので、彼らの道標となるべく高く掲げた。

「こっちよ」

「すげぇな」

 マットウェルが感心した。しかし、コルは彼の肩に乗りながら眉を寄せて難しい顔をしている。

「早く追いつかねぇと、サーヤが疲れちまう」

「そうだった」

 マットウェルは急ぎ足のサーヤの隣に来た。

「サーヤ、大丈夫か?」

 心配になり、声をかける。サーヤは笑顔を向けた。

「これくらいなら平気」

「そうか。しっかし、ディルンムット様って足、速いんだな。リリーシャさん、足が重いって言ってただろ? 足音もガシャガシャいってたし、動くの苦手なのかと思ってた」

「柱の力で強化してるのかも。信頼を取り戻す為にも、今回は絶対に逃がせない」

「ああ。万が一はサーヤの力で?」

「私はサポートに回るつもり。これは、ディルンムット様が捕まえないといけない事だから」

「了解」

 二人は走り出していた。ディルンムットの大きな足跡は、森の中へと入っている。彼らも迷う事なく入って行った。




 森に入った途端、サーヤ達は騒がしい音に体がびくりと緊張した。


 森の外にいた時は、中の音が全く聞こえなかったからだ。中は湿気を含んでいて、空気がじっとりと重い。森の独特な空気やオーラが、外との繋がりを遮断しているかのようだ。森がざわざわと騒ぎだし、多くの獣の鳴き声が響いている。


『おい。貴様らも盗人ぬすびとか』


「!?」

 声をした方を見上げる。木の上から大きな目がこちらを見下ろしていた。暗いので姿は分からないが、黄色い瞳に黒く丸い瞳孔がぎょろりとこちらを睨んでいる。

「違います! 私達は土の柱、アルゴスの使いです。ディルンムット様を追いかけてきました!!」

 サーヤが即否定した。でなければ、一瞬にして喰われそうだと思ったからだ。

『土の柱か……』

「侵入者が入ったと聞きました。私達もお手伝いがしたくて――」

『あいつは奥へ行った。またアウィスの卵が狙われている』

 獣はディルンムットの行き先を教えてくれた。

「またって……三年前と同じ犯人!?」

 マットウェルも思わず声を上げる。

『ああ。間違いない。ここにも奴の匂いがかすかに残っている。わしが見つけていれば、すぐに喰らってやるものを』

 ちっと獣は大きく舌打ちをした。

『賢者もアウィスも、同じ事は繰り返さんだろうが、心配なら早く行け。特別に見逃してやる』

「ありがとうございます!」

 サーヤとマットウェルは頭を下げて礼を言い、奥へと走り出した。話の分かる獣で助かった。

「コル、もう大丈夫だ」

 マットウェルの服の中に小さくなって隠れていたコルが頭だけ出して周りを見回す。

「あぁ~、こわかったぁ……。鳥肌立った……」

 影の力を持つ彼でさえ、太古の獣は恐ろしいらしい。

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