第41話 アウィス

「よかった。傷もない」


 ディルンムットが、茂みの中に転がっていたアウィスの卵を見つけ、拾い上げた。それを見たアウィスは暴れるのをやめた。じっと彼らを見ている。


「確かに、宝石みたいだ」

 マットウェルも卵を見て驚いている。暗い中でもアウィスの卵は、わずかな光を受けキラキラと輝いていた。明るい太陽の下にあれば、どれだけ眩しい光になるか。決して許されないが、金持ちの連中が欲しがるのも納得だった。

「ちっ」

 捕縛された男は舌打ちをした。そしてサーヤをぎろりと睨む。

「何故、俺の存在が分かった。気配も姿も、誰にも見えないはずなのに」

 確かに、獣は匂いを感じていたものの、その姿を見つける事は出来ずにいた。賢者であるディルンムットも、男の近くにいたが全く分かっていなかった。マットウェルとコルもサーヤが何と対峙しているのか見えなかったのだ。



 サーヤだけが、男の姿をしっかりとらえていた。



「私、暗闇でもはっきりと見える目があるの。どれだけ姿を隠す特別な力があったとしても、影の中にいる限り、私の目は誤魔化せないわ」


 サーヤの影の力だ。暗闇の中で全てを見通す力がこれほど役立った事はない。サーヤの顔に光が当たった。太陽が山の上に昇ったのだ。森の中にも光が溢れ始めている。

(ギリギリだった。明るかったら、こいつを見つける事は出来なかったかも……)

 ふぅ、と息を吐く。

「くそっ」

 男は悪態をついた。

「お前は三年前もアウィスの卵を盗んだな?」

 ディルンムットが確認した。男はにやりと顔をゆがめる。

「そういえば、卵泥棒を逃したせいで、この地の賢者が信用をなくして追放騒ぎになったって聞いたなぁ」

「てめぇっ! 誰のせいで――」

 マットウェルが声を荒げるが、最後まで言えなかった。



 びゅっ!!



「!?」

 突然、ディルンムットの後ろから硬く長細いものが伸びて来た。アウィスのくちばしだ。近くで見るとその大きさをまざまざと知る。サーヤとマットウェルは、彼女が近付く速さに驚いて動けなかった。一瞬、アウィスと目が合った二人。しかし、すぐにアウィスの視線は男へと向けられた。

「待て、アウィ――!」

 ディルンムットが制止するも、アウィスは男を大きな嘴で掴むと、力の限り、高く放り投げてしまった。


「あああぁぁぁぁ!!」


 男も叫ぶしかない。ばきばきと木の枝を折りながら、森の上空へと突き抜ける。その瞬間、森が一斉に騒ぎ出した。


「はっ。サーヤ、見るな!」

 男を目で追っていたマットウェルは、この後何が起きるのか察し、同じく男を見ていたサーヤの両腕を掴んでぐるりと体を半転させた。そして、すぐにサーヤの耳を塞ぐ。

「えっ!? 何、マット!!」

 サーヤの視線が自分に向くように、耳を押さえながら下を向かせる。



「ひっ!!」

 空中に投げ出された男は、下から飛び上がって来る獣達を見た。鳥だけではなく、四足歩行の獣も常識外れの跳躍をして、こちらへ向かって来るのだ。

「い、いやだ……。たすけ――」

 助けをう事も許されず、男は巨大な四足の獣の口に捕らえられ姿が見えなくなった。その後を何匹もの獣が追い、男の短い悲鳴だけが一度だけ、小さく聞こえた。



 しんと静寂が戻る。



「ふぅ……」

(頭の上で血の雨が降る事はなかったか……。あのでかい獣、俺達が会った奴のどれかだったのかな)

 マットウェルが安堵の息を吐く。

「マット」

「ん? あっと、いきなり耳塞いでびっくりしたよな! ご、ごめん」

 ずっと自分の方へ顔を向けていたので、サーヤの視線が真っ直ぐ届いた。マットウェルは慌てて一歩下がる。

「ううん。私が嫌なものを見ないように、聞かないようにしてくれたんでしょ? ありがとう」

 ちゃんとサーヤは分かっていた。男の最期さいごを見る事は、少なからず心に衝撃を与えるものだ。戦いと無縁だったサーヤならば尚更。マットウェルの気遣いが嬉しくて、サーヤは素直に礼を言った。

「おう」

 マットウェルはくすぐったい気持ちになった。


「犯人は、森の獣に喰われたって言って、信じてもらえるかなぁ……」

 ディルンムットは苦笑いだ。

「アウィスの気持ちも分かるから、責める事はできないな」

 サーヤ達を見下ろすアウィス。母親の彼女も大きな鳥だ。そして、太陽の光にあたり、白い羽と赤い瞳がとても美しい。

「オレ様達も目撃者だ。ちゃんと証言してやるよ」

「ふっ。ありがとう、コル」

 ディルンムットの肩に乗っていたコルが小さい羽をぴっと動かした。ディルンムットは手に持つアウィスの卵を見ると、母親の元へ向かった。

「子供を返すよ。すぐにあいつを捕縛できなくて申し訳なかった。君を苦しめてしまったね。三年前の事も……、謝っても許してもらえない事は分かっている」

 卵を差し出す。アウィスは先程とは全く違い、嘴をそっと動かし、優しく卵をくわえると、巣の中へ戻した。



『見つけられなかったのは、奴の持っていた力のせいだ』

 アウィスが口を開いた。



『三年前も、そなたが必死に我が子の行方を追ってくれた事は理解していた。森の連中に軽視されるようになってしまった原因を作ったのは私だ……』

 アウィスは目を伏せた。

『森から出るなと言われていたのに、怒りにまかせて出てしまった。そのせいで、そなたは奴を追えなくなってしまった……』

「……」

 ディルンムットは、アウィスをじっと見つめる。

『この森の獣達は、そなたを理解している。森が焼かれた時も、そなたは何もしなかった訳ではなかった事を。炎に撒かれた獣達を、必死に逃がしていたと聞いた。火を付けた人間達を襲おうとしていた荒ぶる獣達をなだめ、我々の怒りや悲しみを、一人で全て受けた事も』


 サーヤ達は静かにアウィスの言葉を聞いていた。ディルンムットが自分では話さなかった事だ。ここにも真実があったのだ。獣を追い出そうとした人間と、大切な森を焼いた人間に復讐しようとする獣達の間に挟まれ、どれだけ彼が苦しんだ事か。


『そなたの立場が悪くなったのに、私は――。私こそ目を背け、逃げたのだ。ディルンムット、申し訳なかった……。ずっと、気がかりだった。ずっと、謝りたかった』


「もう、いいんだよ、アウィス。君の気持ちは、十分に伝わったから」


『そして今回も、そなたは逃げずに駆けつけてくれた。ありがとう』


 ディルンムットは切なそうに微笑んだ。心の中にあったモヤモヤや、ずっしりと重くのしかかっていた黒い気持ちが、今、ようやく晴れようとしていた。賢者とて、彼も生きている。人間や獣と同じ感情を持っていて当然だ。


「良かったね」

「ああ」

 サーヤとマットウェルも顔を見合わせ笑い合う。

「そういえば、ずっと見えなかったあいつが、何でいきなり俺達にも見えるようになったんだ?」

 マットウェルが素直な疑問を口にする。ディルンムットも彼の声を聞いて、こちらを向いた。

「確かに。僕はずっと近くにいたのに、全然気が付かなかった」

「これだと思います」

 サーヤがずっと握りしめていた右手を開いた。



 その中には、小さな石が。



「ガラスじゃないよね。キレイな石。宝石かな?」

 サーヤが太陽の光に当てた。透明な石は、光を受けてキラリと輝いている。


「……っ!」

 その石を眺めるマットウェルの表情が変わった。



「それ、“祈りの石”じゃないか!?」

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