第42話 森の外にて

 森から出て来た三人と一羽は、太陽の光を浴びて伸びをした。アウィスの卵も無事に戻ったので、巣から離れる事にしたのだ。いつまでも森の中にいると、他の獣が寄って来る恐れもあった。柱の使いであるサーヤとマット、コルは、もう襲われる事はないと分かっていても、怖いものは怖い。

 とりあえず、話よりも先に森から出る事を優先させた。ようやく緊張から解放される。



「あー、おっかねぇ森だった……」

 コルはまだ鳥肌が立っているらしく、羽が逆立っていた。


「皆、本当にありがとう。君達がいなければ、犯人をまた取り逃がしていたよ」

 ディルンムットはスッキリした表情で、笑顔を向けて言った。アウィスとのわだかまりがなくなったので、ホッとしているのだ。他の獣達とも、また少しずつ関係を元に戻せて行けるはずだ。


「そういえば、リリーシャさん、大丈夫だったかな」

 マットウェルの言葉に、ディルンムットが反応した。

「え? 彼女がどうかしたの?」

「侵入者が出たと聞いて、町の宿屋に行ったんです。宿泊客が怪しいからと」

「夜中に出歩くなんて……」

 ディルンムットは首を横に振った。

「エクレーが一緒に行ってくれたので、心配はないです。気配はこちらに向かっているみたいですね」

 サーヤがエクレーの影の気配を読んだ。

「そうか……。彼女には、心配と苦労ばかりさせてしまっている……。はぁ」

 大きなため息だ。

「ちゃんと幸せにしてあげてくださいね。町の誤解も解けたらいいんですけど」

「ああ……」

「げ、元気出してくださいっ! 卵は守れたんですから!!」

 落ち込んでしまったディルンムット。サーヤとマットウェルが必死に元気付けた。



 そして、サーヤはずっと握りしめていた石を見た。


「ねぇ、マット。“祈りの石”って何?」

「ああ、その話だったな」


 サーヤが本題に入る。マットウェルに持っていた石を渡す。彼は石を持ち、じっと見つめた。

「エイナの祈りをめた石の事だ」

 静かに言った。

「セレティアで、光の巫女に願うとその効果をもたらす力を分けてもらえるって言う? 本当だったのか」

 ディルンムットも気持ちを切り替える。彼も初めて見たようで、しげしげと眺めていた。その視線に気付き、サーヤが問う。

「ディルンムット様も、セレティアには行った事が――」

「ないよ。金を積まないと会えないみたいだったからね。僕には無縁だ」

 賢者とセレティアの里は、本当に関わる事がなかったらしい。アルゴスにサーヤを託した事は、異例中の異例だったのか。

「巫女に願えば、効果を与えてくれるって……。姿を消したいなんて願いまで叶えてくれるの? 悪用されれば、犯罪の手助けをした事になるよ」

 サーヤの質問に、難しい顔をしたマットウェル。

「祈りを授けるのは、一定のルールがあったんだ。個人の願いは受け付けない。その土地に住む者に恩恵を与えるものでなければいけないんだ。もちろん、悪用されるような願いは論外だ。そうならないように、籠める祈りは慎重に決められていた」

 マットウェルは、あごに手をやり、考えている。

「だから普通は、土地を豊かにしたいとか、五穀豊穣ごこくほうじょうを願うものが多かった。犯罪者が現れないよう、人々の心を清めたいってのもあったな。変わった願いはいくつか……。あっ」

 何か思い出したようだ。

「畑の作物が害獣にやられて困ってる町があった。大型の動物がたくさんいて、駆除ができないから、人間以外の獣の目に、畑が見えないようにしてほしいって言う願いだった」

「人間以外の目に、見えないように……」

 サーヤとディルンムットが反応した。

「そのままじゃ悪用される恐れがある。だからエイナは、依頼者が持参した宝石ではなく、手に取った石一つにその祈りを籠めて、宝石や石が混じる袋の中に入れた。祈りの石は、どんな石だったのか見せていなかったから、どれが本物かは、依頼者には分からない。だから、その袋に入っている石を全て土地の周りに埋めろと指示をした」

「なるほど。どれが本物の祈りの石か分からないから、従うしかない。それに埋めてしまえば土地の石も混ざるから、余計、判別は不可能になる。悪用すら出来ないって事か」

「そうです」

「心理戦のようだね。光の巫女は、頭が切れる子だったようだ」

 ディルンムットは感心していた。

「エイナの力を独り占めしたい連中がいるので、民が不利益をこうむらないようにいろいろ策を考えてやっていました。この件は、特に変わっていたので、俺も覚えていたんです」

 マットウェルとジョシュは、祈りの間の外で警備をしていたので話し声だけだったが、後からエイナが聞かせてくれたのだ。祈りの石を袋の中に入れて、ジャラジャラ他の石と混ぜた時の依頼者の驚愕した顔。これなら悪用されることはないだろうと、胸を張って自慢していた。

「その時の祈りの石かどうかは、もう確かめようがないけど、姿が見えなくなる力を籠めたのは、ほんの数回。里に来た人間だったのか、話を聞いた他の人間か……。とにかく、異常なまでの執念で、この石を手に入れたんだろうと思います」

 姿が見えなくなれば、恐ろしい獣も気にならない。美しい卵一つで遊んで暮らせるほどの金が手に入るのだ。あの男は、味をめてしまった。そして、またアウィスに手を出したのだ。


「今回の誤算は、サーヤがいたって事だな」


 マットウェルがサーヤを見て、にっと笑った。

「人間にしか見えないって言ってたけど、あの暗闇じゃあ、誰も見えなかったからね」

 あの場には、生粋の人間はサーヤだけだったのだ。


 アウィスやコルは動物だ。

 ディルンムットは何百年も生きているので、もはや人間のようでも人間の枠を超えている。

 マットウェルは人間だが、体の中に魔族の力が入っているので、祈りの力にしっかり引っかかってしまった。


 サーヤは人間であり、かつ暗闇の中を見通す目を持っている。それが勝因だった。



「本当に助かったよ。ありがとう」

「お役に立てて、良かったです」

 サーヤもホッと胸をなでおろした。


『お前達』


「! ラフィさん!?」

 森から声がした。見れば、森と外の境界ギリギリの所に、アルゴスの友であった狼ウルヴのラフィがいたのだ。

「どうかしたんですか?」

 サーヤが尋ねると、ラフィは何かを投げてよこした。ガシャンと音を立ててサーヤ達の近くに落ちる。

「……かばん?」

 茶色い皮のボストンバッグだ。

『侵入者が隠していたものだ。そこに卵を入れて運び出そうとしていたのだろう。気分が悪くなる。処分してほしい』

 ディルンムットがかばんの中を確認した。大きなタオルは、卵を傷付けないようにする為だろう。そしてお金と手帳、地図が入っていた。手帳を開く。

「名前がいろいろと書いてあるな。闇取引の名簿の可能性もある。保安局に持って行こう。ウルヴ、ありがとう」

 ラフィは鼻をふん、と鳴らした。

『何の事だ?』

 そう言って、きびすを返そうとしたが、動きが止まる。ばっと森の外へ視線を移した。


「?」


 サーヤも同じ方向を見る。

「え……、誰?」

 ディルンムットも驚きの表情になった。

「まさか……どうしてここに……」


「サーヤ? ディルンムット様? 一体、何を――」



 マットウェルも後ろを振り向いた。そして、目の前の光景に、思考が停止する。



「う……そだろ……」


 自分の目を疑った。サーヤを見て、もう一度後方を見る。



「何でここにいるんだ……。エイナ!!」

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