第43話 黒い光の巫女
まばゆい白髪だった髪は黒紫となり、手入れされていない為痛んだ髪質。
金色の美しかった瞳は光がなく、髪の毛と同じ色に変わっていた。
着ている服も、巫女の白い装束だったはずだが黒く染まり、喪服のようだ。
マットウェル達から少し離れた岩の上に、彼女は立っている。
「エイナ――……!?」
それは、マットウェルが最後に見たエイナのはずだったが、あの時よりも変わり果て、生気がない。
「あれがエイナ……」
サーヤが呟いた。
(私の姉……)
こんな形で出会うとは思わなかった。初めて会う血縁に緊張してしまう。
「確かに、サーヤとよく似ている。髪の色が黒に近いから、余計似てると思うのかな」
ディルンムットが身構えた。
「マット、拘束するかい?」
マットウェルに一応確認を取る。だが、彼は待ったをかけた。
「待ってください。話が出来るかやってみます」
一歩ずつ、前に進み出る。
「エイナ。どうしてここにいるんだ!?」
「……」
「子供の姿だけど、マットウェルだ。幼馴染の!」
「……マット?」
エイナが口を開く。小さくか細い声だったが、確かにマットウェルを呼んだ。
「そうだ! マットだよ」
「……どこ?」
「え、ここに――……」
「化け物は、私が退治する」
ヴン……
エイナが右手を上げると、手が黒く光りだした。
「な――」
マットウェルの右手も黒く光りだす。サーヤが一早く気付いた。
「マット!」
思わずマットウェルの右手をばしりと叩いたサーヤ。すると、その手の中にあった祈りの石が飛び出て来る。黒く光っていたのは石だった。
「下がって!」
サーヤが叫んだ。マットウェルとディルンムットも石から距離を取る。
「おいおいおい……。うそだろ……」
石から発せられる気配に気付いたマットウェル。信じられないと首を横に振った。漂って来る気配は、マットウェルも嫌うものだ。すばやくアルゴスの剣を抜く。
透明だった石は、みるみる黒く染まり、ぴしっ、とヒビが入ると辺りに砕け散った。
膨れ上がった黒いもや。その中から現れたのは、茶色の肌、額に一本角、赤い目は鋭く血走っており、布を腰に巻いた巨大な魔族だった。手にはこん棒を持っている。
「魔族を呼び出した!?」
サーヤは一歩、後ずさる。
「
ディルンムットは自分の手から剣を取り出した。それを見たサーヤは驚くもちゃんと分析する。
(師匠は自分の体から植物を出せた。ディルンムット様も同じなんだ。さっきは犯人を拘束する鉄の帯を出していたし。金属を操る力があるから、きっとあの体は、金属で出来てる。思った金属の形にして、体から取り出せるんだわ)
足取りが重い事も、足音が金属音なのも、彼が金属の体だからなのだとすると、全て納得できる。
「サーヤ、リリーシャとエクレーがこっちに向かっていると言っていたね」
「はい」
「ここに来ないよう、知らせに走ってくれないか。出来れば、柱の所へ避難していて欲しいが……」
魔族との交戦に、彼女を巻き込むわけにはいかない。
「サーヤ! お前も避難しとけ!」
マットウェルも声を上げた。
「分かった。お二人とも、気を付けて!!」
サーヤはエクレーの気配がする方向へ走っていく。
「オ、オレ様もサーヤと行くぅ!!」
コルも急いでサーヤを追いかけた。
ぐるる、とうなる魔族の後方に、虚ろな眼差しのエイナが立っていた。
「エイナ、何故こんな事をした!!」
マットウェルは諦めずに声をかけ続ける。
「……私、化け物の知り合いなんていないわ」
エイナは冷たく言うと、最後に一言、言い放った。
「やって」
「がああああっっ!!」
エイナの声がきっかけとなり、こん棒の魔族はマットウェルとディルンムットに襲いかかる。巨体は動きが遅く、避けやすい。二人は、振り下ろされるこん棒をひらりとかわし、すぐに間合いを詰め、切りつけた。
「ぐああっ!」
痛みに腕を振り回す。動きが遅くとも、そのパワーは尋常ではない。ぶんっ、とマットウェルの頭上を腕がかすめた。彼はその風圧に耐えられず、吹き飛ばされてしまった。
「うっぐ!」
「マット!!」
ディルンムットは手から鉄の帯を再び取り出した。この魔族を拘束すべく、体中に巻き付ける。が、この魔族の怪力は、賢者の金属も引きちぎってしまう。その破片が辺りに飛び散り、凶器となった。ディルンムットのローブや頬、腕を切り、ズボンの裾が破けてしまった。マットウェルも腕と顔、足に傷が付く。
「マット、ごめんよ。大丈夫かい!?」
「心配ないです」
「そう簡単にはいかないか」
ガシャン。彼の足音が響いた。見れば、ズボンの破れた中の足は、人のものではなく、金属の足だったのだ。肌色ではなく、灰色の足首は、つるりと光沢があり、太陽の光に当たると反射して眩しい。それに合わせた金属の靴を履いているので、変わった足音をさせていたのだ。
「!?」
マットウェルは目を
ディルンムットの足から金属が影のように薄く伸びている。そしてそれは、液体のように上へと一気に伸び上がり、魔族を頭から足の先まで包んで固まった。ただ一つ、心臓の上を通る胸の部分に、地面と平行して刃が入るくらいの隙間が開いている。
「マット、ここを斬れ!」
「ああああっ!!」
マットウェルが、開いた隙間めがけて剣を横に一振りした。まっすぐ横に、鋭い切れ味の刃が魔族の体を切り裂く。一瞬にして、魔族の体は二つに別れてしまった。ディルンムットの金属を頭からかぶっているので、声一つ漏らせない。魔族はそのまま
「ふぅ」
ディルンムットが息を吐く。
「柱の力のおかげで、弱体化していたようだ」
「中央の森で戦った時の魔族の方が、確かに強かったですね」
言いながらマットウェルは、エイナを見た。
「エイナ答えろ! どうしてこんな事をしたんだ」
エイナに近付く。両手を伸ばし、彼女の腕を掴もうとした。
「い……いやっ! 触らないで!!」
「!?」
ばしりとはたかれたマットウェルの腕。ここまで拒否されると思っていなかったので、マットウェルは驚いた。
「ば、化け物っっ!!」
そう言うと、エイナの姿はスッと消えた。まるで幽霊だ。跡形もなく消えてしまったのだから。
「……どうなってるんだ」
「恐らくあの子の目には、僕達が普通の人間の姿に映っていないのかもしれない」
「! それ、どういう――!?」
「そこまでは分からない。魔族に何か術を
「はぁ……。何て事だ……」
マットウェルは、左手を顔に当て、大きくため息をついた。
「僕は急いで町に行くよ」
ディルンムットが侵入者の男のかばんを持ち、急ぎ足で歩き出した。マットウェルも追いかける。
「それを保安局に?」
「もうこれはついでだ。光の巫女……エイナが消えたからね。町が心配になった」
「町が?」
理由がよく分かっていないマットウェル。ディルンムットが説明した。
「この世界は、エイナのおかげで余計厄介な事になった。あの子は自分が作った祈りの石から、魔族を呼ぶ事が出来るようになってしまったんだ。あの石を求めて、世界中から人が押し寄せていたのだろう?」
「!!」
マットウェルも、ようやく彼が言わんとしている事が分かった。サァと背中に冷たいものが走る。
「柱の力を増幅しても、魔族を呼び出せる。奴らは、あの大穴から直接出て来る必要がなくなったんだ。世界中に、あの子のタイミング一つで魔族が溢れる事になる。あの町も、確か巫女に石をもらっていたはずだ。急がないと、町が危ない」
「行きましょう!」
マットウェルとディルンムットは、走り出した。
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