第45話 外壁にて
「も……吐く……」
町が見えて来た。マットウェルとディルンムットの所から、ずっと全力疾走している。リリーシャとエクレーの二人と分かれてからもだ。お腹が痛い。ごつごつの石を踏んずけながら走っているので、足も痛い。
「コップ一杯の水しか飲んでないし……ぜい……、吐くものもないか……ぜい」
いつもなら、もうとっくに朝ごはんを皆で食べてお腹いっぱいになっている時間だ。夜明けから動きっぱなしでの緊張しっぱなし。ここで意識を失う方が楽かもしれないとサーヤは感じていた。
それでも、そうしないのはエイナに怒りを覚えているからだ。
(化け物ってなんだ、化け物って! マットが子供になってても、その姿くらい覚えてるでしょうが。謝らせないと。また魔族を呼ぶなら、マットには悪いけど、一発ぶん殴ってやる。くそぅ、お腹減った! 減りすぎて気持ち悪い!!)
「コルー、飛んでよぉ……」
「と、飛ぶ元気がない……」
コルは怖がりだ。中央での戦闘の時、巨大化して飛んだ事が奇跡だった。魔族を間近で見て、心底震えあがってしまっている。
「じゃあ、落ちないでよ」
町の境界である外壁の所まで来た。
心臓がバクバク騒がしい。息を整えながら辺りをキョロキョロ見回す。エイナの姿はないようだった。地面を見る。固い土だ。掘るのも大変だろう。
「何年も前なら、埋めた跡は残ってないか。印を残しても、盗まれる危険があるし……。コル、上空から異変がないか見てくれる? できる?」
「見るだけなら……」
コルがパタパタと飛んでいく。サーヤが自分の足を使って、町をぐるりと回る事に比べれば、これが一番楽だ。コルを連れてきて正解だった。
「今のところ、何もない」
「ありがとう。助かったよ」
「なんか、人が集まってる建物があったぞ」
「?」
コルに案内してもらう。そこは町の入口からそんなに離れていない宿屋だった。二階の窓が開け放たれ、保安局の局員が部屋の中に見える。そして、宿屋の周りにも何人かいた。
「すいません。何かあったんですか?」
サーヤが近くの野次馬の一人に話しかけた。ふくよかな体形の、人がよさそうでいて、井戸端会議も好きそうなおばさんだ。
「あの部屋に密猟者が潜伏してたんですって。北の森に入って、獣を捕らえたり、骨を持ち出したりするらしいわ。怖いもの知らずよねぇ」
「闇取引ってので、金になるんだとよ。俺は命の方が大事だぜ」
側にいたおじさんも説明してくれた。
(リリーシャさん、ちゃんと犯人の居場所を突き止めたんだ!)
「リリーシャ、すげぇな。保安局も動かしちまった」
「うん」
コルが人を褒めるなど珍しいと思いながら、サーヤもリリーシャの強さに感心していた。大切な恋人の為に、地位と名誉、信頼を回復させる為に動いたのだ。犯人は獣に喰われてしまったが、これは大事な一歩だった。
(私も、やれることをやらなくちゃ)
サーヤとコルは、町の外壁へ戻る事にした。
ふいに、黒い風が吹き抜けた。外壁の所に人影が現れる。
「……来た!」
サーヤの目つきが変わる。走り出した。コルも空から急行する。
後ろから、
黒い光の巫女、エイナが再び右腕を上げる。相変わらず目は虚ろで、ぼーっとしているように見えた。
「!」
その右腕は突如動かなくなった。別の手がしっかりと掴んでいるのだ。
「何をするつもり?」
エイナを邪魔したサーヤが唸るように言う。左腕も動いたので、右手で素早く拘束した。向かい合う形になっている。
「……手を放しなさい。
「どっちが穢れてる! 絶対に放さない。魔族なんて、絶対に呼ばせない!」
「放せっ! 化け物め!!」
「マットにも言ったわね。ずっとあんた達を心配してるのに、その言い方は何!? コル!!」
「おうよ!!」
呼ばれたコルは、サーヤの影から五本の柱を伸ばした。それが頭上で一つに繋がると、柱の間をガラスのような透明な壁で覆った。まるで檻のようだ。
「防護壁の応用だぜ」
彼は防御に特化している。守る為のシールドを、敵を捕らえる為に使ったのだ。
「しかも私があんたの影を踏んでる限り、あんたは指一本動かせない。もう声も出ないでしょう?」
囲いの中にはサーヤとエイナの二人。サーヤはエイナの影を踏んでいた。内臓の働きや呼吸以外、全ての動きを止めたのだ。口や舌、声帯も、もちろん動かせないので、声を発する事が出来ない。
(コルやエクレーみたいに派手な事は出来ないけど、動きを封じる事はできる。マット達が来るまでこのままでいれば――)
「――! 蹄の音!?」
サーヤが近付いて来る馬の蹄の音に気付いた。
「保安局の奴らだ。森に行くのか?」
「! コル、あの人達を止めて。早く!!」
「えぇ!?」
町の大通りを抜け、町を抜けようとこちらへ走って来る。リリーシャの通報を受け、森に様子を見に行くのだろうか。それとも、別の町へ行くのか分からないが、それよりも優先させるべき問題が、ここにはあった。
「もう、知らねぇぞ!!」
ブワッ!
コルが巨大な鳥に変化し、外壁前まで来ていた保安局の騎馬隊の前に躍り出た。
「うわっ! なんだ!!」
「森の獣か!?」
保安局の者達も騒然となる。
「お前ら止まれ!!」
コルは一言それだけ言うと、ポンッと元の丸くてちいさなコルに戻った。
「何なんだ……。皆、馬を鎮めろ」
騎馬隊の先頭にいた人物が馬を落ち着け、仲間にも声をかけた。そして前方を見る。奇妙な光景に、保安官は目を
「お願いします! 話を聞いてください!!」
透明の壁に囲われている檻の中から、サーヤが必死に声を上げていた。コルは柱の上に着地する。
「北の森に行くなら、ちょっと待ってください!」
「何だ……?」
「隊長、変な奴は無視して行きましょう」
「そうです。侵入者の形跡を確認して、さっさと戻って来ましょうよ」
先頭にいる隊長の後ろから、彼の部下達が声をかけた。あまりにもやる気のない言葉に、サーヤはそちらにも怒りを覚える。
「通報は夜明け頃だったはずなのに、今頃出発ですか。全てを賢者様の責任にして、自分達は動かないんですか!」
「偉そうに言うなよ女!」
「待てお前たち。娘、何故知っている? そして、この状況は何だ?」
隊長と呼ばれている男は、まともに話が出来るようだ。彼は馬を降りて、サーヤに近付いた。檻には触れようとしない。
「私は土の柱の使いの者です。ディルンムット様の所にいたので、全てを知っています。リリーシャさんが犯人のいた部屋を見つけたのでしょう? 侵入者は北の森に入り、アウィスの卵を盗もうとしました」
サーヤの言葉に、保安官達は驚いていた。
「見ていたような口ぶりだな」
「私も森に入り、賢者様の手伝いをしたのでこの目で見てきました。侵入者はもういません。獣に喰われました」
「う……」
男達から呻きのような声が漏れる。
「アウィスの卵は母親に返したので、三年前のように町に来る事はありません。もう亡くなりましたが、その侵入者は、三年前の事件の犯人だったようです」
「本当か!?」
隊長が一歩前に出た。サーヤは続けて説明した。侵入者が、祈りの石を使い、姿を見えなくしていた事。ディルンムットはそれに気付けなくて当然だったという事。そして彼は、町を見捨てたのではなく、事態を
「ならば、尚更森へ向かわなければ。賢者に会って、その話の裏を取らねば」
隊長はディルンムットと向き合おうという気になってくれたようだが、今はそれどころではない。
「それは後にしてください。森の近くに魔族が出たので」
サーヤの言葉に、保安官達は驚愕の表情になった。
「どういう事だ!」
「原因はこいつ!!」
サーヤがエイナを見せた。エイナは声も出せず動けないが、その表情は恐怖の色を示している。
「黒く染まった光の巫女です。自分が作った祈りの石から、魔族を呼び出したんです!!」
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