第17話 森の中の戦闘

(向こうは羽が付いてる。どう戦うか――)


 ゴォッ!


「っ!!」

 マットウェルが戦術を考えていると、森の中を突風が吹き抜けた。蛇の魔族が起こした風だ。マットウェルとエクレーは、地面に手をつき飛ばされないようこらえた。


「ズローブルが、人間をおもちゃにして遊んでるってのは、本当だったのか」


 追いついてきた蛇の魔族は、すぐに攻撃することなく、マットウェルを見下ろして笑っていた。グハハ、と下品な笑い方をする。緑のうろこが表面をおおい、蛇と同じ縦長の瞳孔どうこう。瞳の色は灰色だ。

「ズローブル……? それがあいつの名前か」

 ぞくりとする黄色い目を思い出す。マットウェルは奥歯を噛んだ。

「やっぱりな。慈悲でもなんでもねぇ。俺をこんな体にして、記憶まで封印して、右往左往するのを見て楽しもうとしてたんだな。てめぇも同じか」

われは、そこまで悪趣味ではない。人間など、無用の長物ちょうぶつ。全て消す。あの里の者共のようにな。それが我のやり方だ」

「あの里――!?」

 マットウェルの全身の毛が、一気に逆立った。

「おい! 里の人間をどうした!」

 吠えるマットウェルを見て、蛇の魔族は「ああ」と声を上げた。エクレーは鎖斧くさりおのかまえたまま、にらんでいる。

「そうか。穴が開く前にお前は飛ばされたのだったな。では、あの光景を見ていないのか。それは残念! 爽快そうかいだったぞぉ。穴が開くエネルギーに負けて、人も土地もかき消えたのだからな!」

「……な……」

 マットウェルは、言葉が出てこなかった。蛇の魔族は、気にすることなく続ける。

「邪魔がすぐに入ったが、穴など広がり続ける。魔界のエネルギーが入り込む限り、そこから仲間がまた出てくるだろう。人の世は終わりだ。グハハ!」

 そう言いながら、首をマットウェルへと近付けた。

「ズローブルはヘマをした。だから、おもちゃももういらぬだろう。尊い魔族の力が人間に入っているなど、虫唾むしずが走る。すぐにあの世へ送ってやるよ」

「んだと――っ!?」

 魔族の瞳が大きく見開かれた。魔族を睨んだまま、剣を握りしめ攻撃に出ようとした途端、体が動かなくなったマットウェル。にやりと笑った蛇は、あごの関節を外し、大きく口を開けた。彼を丸呑みにしようとしているのだ。焦っても指一本動かすことができない。声も出ない。


(まずい、まずいまずい! どうなってんだ!? こんな所で死ねねぇのに!!)


 鋭い蛇の牙がマットウェルに届こうとした時。


 バキィッ!


 マットウェルの横から、斧が飛んできた。それは蛇の二本の牙をくだくと、同じ軌道で戻っていく。鼻先スレスレだ。動いていたら、彼の鼻が大変な事になっていた。

「んぎゃあああああっ!!」

 蛇の魔族がのけ反り叫ぶ。すると、マットウェルの体の強張こわばりが消えた。

「!? う、動いた」

「視線を合わせてはいけません。今のうちにたおしますよ!」

 メイド服をはためかせ、エクレーが鎖をブンブン回している。そして蛇の腹めがけて真っ直ぐ投げた。

「女のくせに……。同じ手を食らうかぁ!」

 蛇は体をくねらせ、しっぽで斧をはじいた。斧は横へと飛んでいく。エクレーはそれを見越し、鎖を手放し放棄。次に自分の影から長いやりを出した。

「っぐ!?」

 苦悶くもんの声をもらしたのは魔族だった。いつの間にか、横っ腹にエクレーの出した槍が刺さっていたのだ。彼女は、素早い動きで槍を引き抜き、別の場所に刺そうとしている。

「すげぇ、エクレーさん!」

 マットウェルも負けてはいられないと、反対側に回り込み、剣を振り下ろした。アルゴスの剣はとても切れ味が良く、蛇のしっぽをスッパリと切り落とした。血がこびり付く事もなく、刃こぼれもしない。傷一つ付かない、美しいままだ。

「すごいぜ。この剣!」


「我が……、こんな人間などに負けるわけ……ないだろおおおぉぉぉ!!」


「ちっ!」

 蛇の体に槍による穴が三つ開いたところで、再び起こされた突風により、エクレーは吹き飛ばされ、木に激突してしまった。

「ならば――」

 すぐに態勢を立て直す。そして影から別の武器を取り出そうとした時だった。


 ばくんっ!


「……え……」

 エクレーが珍しく、驚いた表情をした。マットウェルも動きを止める。

「エ、エクレーさん!!」


 蛇の魔族を見れば、にやりと笑う口から何かが垂れ下がっているのが見えた。



 エクレーの右腕だ。

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