第16話 追手

「ふぅ。巻き込まれたら、たまったもんじゃねぇぜ」

「コル、このまま柱の所まで飛んで行って」

「えぇ!? この人数乗せてんのは重すぎるって。途中で落ちる!」

「この大きな鳥、コルだったのか」

 森の上空を飛ぶ黒い巨大鳥の上での会話。巨大鳥の正体はコルだった。森の木が自分の眼下がんかに、小さく見える。高い所を飛ぶ経験がないマットウェルは、周りを見回した。


 そして、一つの場所から目が離せなくなった。


「あの場所……、黒いモヤがただよってる。煙じゃないよな……」

 サーヤ達も同じ場所を見た。ここから東の方角。かなり距離がある。大きな山の中腹よりも上の辺りだ。その一角には木々がなく、やたら太陽の光を反射して光っている所がある。眩しいその周辺から、煙のような黒いモヤがうっすらと揺れているのだ。まだ昼過ぎの明るい時間帯なので、かろうじて見える。サーヤの表情が曇った。


「あそこがセレティアの里。魔界への穴が開いた所よ」


「え……、えぇ!?」

 マットウェルは驚きを隠せない。コルの背中から乗り出すように、黒いモヤの場所を凝視した。

「おいっ、落ちるぞ!」

 コルが注意するが、マットウェルには届いていない。

「里はどうなったんだ……。皆は……? サーヤ、エクレーさん、コル、知ってんのか!?」

 皆の顔をうかがった。サーヤ達は、どう言えばいいのか考えているようだったが、コルが思考をさえぎる。

「話は後だ。来やがったぞ!!」


 突如、ばさりと大きな音が聞こえると、翼を持った大きな影がこちらへ向かって飛んで来た。

「おいおい、蛇の体から羽が出てんぞ。ドラゴンかよっっ!!」

「ドラゴンは火の山に住む聖獣よ。ドラゴンに失礼です。謝りなさい」

「すいませんでしたあぁ!!」

 エクレーの指摘を受け、コルが泣きそうな声でわめくと、スピードを上げた。

「あれも魔族? 穴を通って来たの!?」

「扉を閉める前に、既にこちらへ来ていたのかもしれません。火でも吐かれたら厄介ですね」

 サーヤとエクレーの会話だ。エクレーの言葉に、コルは体が冷たくなる感覚に襲われた。

「焼き鳥とか、マジ勘弁! お前ら、掴まっとけよ!!」

 必死のコルは、高度を落とし、森の木々の間を縫うように飛ぶ。高速で飛んでいるので、頭を低くしていないと枝に激突しかねない。サーヤ、マットウェル、エクレーはコルの背中に這いつくばるようにしがみついていた。

「ぜい、ぜい……」

「コル、追いつかれるよ!」

 息が上がって来たコルに対して、サーヤが言葉をかけた。

「重いんだよ。オレ様はマッチョじゃねぇの。何人も乗せられるほどの筋肉なんて、ねぇんだよ……」



 ざざざ……。


「わっ!」

 コルが地面をるように落ちてしまった。羽を広げたままの姿は、まるで飛行機の緊急着陸のようだ。態勢を崩し、コルの背から放り出されそうになったサーヤとマットウェルを、エクレーが抱きかかえジャンプした。着地をするも、飛んでいた勢いはまだ残ったままだ。衝撃で足元の地面をいくらか掘ったが、何とか無傷で地面に降り立つことができた。

「ありがとう、エクレー」

「助かりました……」

 まだ心臓がバクバクと音を立てている。二人は彼女に礼を言い、コルの元へと走った。エクレーは後方を睨みつけている。

「コル!」

 サーヤがコルを抱き上げた。もういつもの手のひらサイズに戻っていて、力の消耗が激しく気を失っている。

「ごめんね。ありがとう」

 そう呟き、そっと体をなでた。

「サーヤ、ここから柱まで距離はあるか?」

 マットウェルが問うた。

「だいぶ近付いてる。走っていける距離」

「なら行け。装置を取り付けて来るんだ」

「えっ、マットは!?」

「俺はあの魔族を食い止める。柱まで連れて行くわけにはいかねぇだろ?」

 立ち上がり、後ろを向く。すらりと引き抜いたアルゴスの剣は、太陽の光を受け、きらきらと輝いていた。

「待ってよ! その体であの蛇と戦うの!?」

 マットウェルは子供の体だ。体格も力も、かなわない事は目に見えて明らか。それでも、彼の意志は固かった。

「半分は腕力が戻ってる。後は頭を使って戦うよ。あいつを倒したら追いかける。魔族は、俺の中の魔力を追って来てるんだと思う。奴もエイナを知ってるはず。サーヤは顔を知られない方が良いだろう。早く行け!」

「マットの言う通りだと思います」

「エクレー」

 エクレーも同意した。

「私もここに残ります。一人より、二人で戦えば、勝率も上がりますから」

 にこりと微笑むエクレーを見て、サーヤは頷いた。

「分かった。後から必ず来てよ」

「ああ」

「他の魔族がいないとも限りません。見つからないように」

 マットウェルとエクレーを残し、コルを抱いたままサーヤは森の奥へと走り出した。追手に見えないよう、すぐ茂みに入り、姿を隠して移動する。迷いのない足取り。何度も行った事がある土の柱。サーヤにとっては、この広い森は庭のようなものだった。



「エクレーさんの獲物は?」

「愛用しているのは、コレです」

 彼女は、自分の影の中から斧を取り出した。の先には長い鎖が付けられており、その先端は拳よりも大き目の鉄球がぶら下がっている。鎖鎌くさりがまではなく、鎖斧くさりおの

「マットは剣とナイフで良いのですか? お望みなら、弓も槍も、ある程度の武器は揃っております」

 とん、と自分の影を踏むエクレー。マットウェルは彼女の不思議な力に驚きながら、今の状況なら、何でも受け入れられそうだと感じていた。ナイフはアルゴスが用意してくれた五本だ。腰のベルトに挟んで、いつでも使えるようにする。

「一番得意なのが剣です。でも、もしもの時は、貸して下さい」

「承知致しました」




 バキバキと枝を折り、葉をまき散らしながらこちらへ来る気配。羽ばたく翼から起きる風が二人の元へと届き、髪を揺らす。

 二人にとって、魔族との初めての戦いが起ころうとしていた。

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