第15話 柱の力

「あの野郎、どこだ……」


 聞き覚えのある暗く、冷たい声。エイナが呼び出した魔族だ。拳でアルゴスの家を破壊したようで、壁に使っていた木材をぐしゃりと握り潰している。そして、黄色い目玉に黒い瞳孔がマットウェルをとらえた。

「そこにいたのか。貴様、俺がせっかく記憶を消して姿まで変えてやったのに、何思い出してんだ」

「そんな事頼んでねぇ! ジョシュとエイナはどこだ。二人を返せ!」

 抜刀ばっとうの構えをした。今の彼には、目の前の魔族からジョシュとエイナを取り戻したい、それだけが思考を支配していた。

「あいつらは二人の世界が欲しかったんだろう? 望み通り、二人だけにしてやってるよ」

 どこまで真実か分からない。だが、とりあえず命はあるらしい。

「二人の居場所、お前をぶっ倒して吐かせてやる」

「やれるものならなぁ。貴様は俺の術を破った。俺に歯向かうなら、あの女との約束も破った事になる。なら、始末しても文句は言われねぇよなぁ」

 魔族はとがった爪をぎらりと見せつける。マットウェルは剣を抜き、魔族へ向かおうとした所で、首根っこを掴まれ、ぐんっ、と後ろへ引っ張られた。

「おバカ! あんたが今すべき事は、逃げる事でしょうがっ!!」

 アルゴスの声で、マットウェルは我に返った。彼女の背中が見える。家が倒壊する前に脱出したので、巻き込まれなかった。美しい金髪が、風になびいている。

「でも、あいつが――」

「今のあんたに勝ち目があると思う? 子供の姿に中途半端な力で、勝てない相手に向かえば破滅を招く。今ある力を賢く使わないと、守れるものも守れないよ!」

「!!」

 アルゴスの言う通りだった。自分は人間。相手は力も未知数の魔族だ。しかもマットウェルは体の機能を封印されている。姿もまだ子供のまま。腕力も半分しか戻っていない。

「今出来る事をしなさい。マットの力を必要としているのは、私じゃないわ」


「おいっ、乗れ!」


 ふいに別の声が聞こえ、黒い影がマットウェルの元へ高速で向かってきた。大きな翼を広げた鳥。その背中に乗るサーヤが手を伸ばした。

「行くよ!」

 マットウェルをさらうかのように、エクレーの力も借りて、鳥の背に引っ張り上げる。そしてそのまま、大空高く舞い上がった。

「師匠……」

 小さくなるアルゴスを見つめ、サーヤが呟いた。

「それでいい。進むんだよ、前へ」

 アルゴスも、サーヤを思い呟いた。


「逃げるなコラァ――っ!?」

 魔族が大きな腕を振り上げ、魔力を放とうとしたが、動きが止まった。見れば、ツタが体中に巻き付いている。地面からどんどん出て来て、強固に絡みついていた。

「何だこれは……」

「もがけばもがくほど、強く締め付ける。一本一本は細くか弱いツタも、たばになり柱の力で強化すれば、でかい魔族の動きも止められる」

「ほぉ。奴の封印を解いたのは貴様か。普通の人間じゃねぇな」

 魔族がアルゴスを見下ろした。長身の彼女の倍はあろうかという魔族の体格。魔力と殺気を放出して、アルゴスに圧力をかけている。しかし、彼女は怯まない。

「私は土や草木に愛される、ガーデニングのプロよ!!」

「そうかよ!」

 魔族は右腕を思い切り振り上げ、ツタを引きちぎった。そして凶器の爪をアルゴスへ向ける。

 アルゴスは一歩も動かない。すると、彼女の周りの土が盛り上がり、魔族の爪が土の壁に食い込んだ。そしてその土壁からもツタが生え、葉を茂らせながら腕に巻き付いて行く。

「ちぃっ!」

 思わず舌打ちする。魔族の足元からもどんどん草木が生えている。ツタだけではなく、木までもぐんぐん育っているのだ。魔族の体からも太い幹が出ていた。

「お前の力を吸い取って養分にしているんだよ。この世界の木々達も、ガイヤを守る役目をになっている。お前のような異物を、始末する力を持っていたっておかしくないだろう?」

 ガイヤから役目を与えられるのは、人間だけではない。草花にも、立派な役目があったのだ。

忌々いまいましい!」

 魔族が自分の手を見れば、手の甲からピンクの可愛らしい花が咲いていた。

「ああああああぁぁぁ!!」

 魔族が暴れ出す。体から生えた木を折り、ツタをちぎる。咲いた花をむしり取り、魔力で消し炭にした。

「くっ……」

 眉間に皺を寄せたのはアルゴスだった。美しい顔が、苦しそうに歪む。彼女は両手を前に出し、草木の壁を作った。

「おらあぁっ!!」

 魔族の拳が、草木の壁を一瞬で散り散りにしてしまう。アルゴスの額に汗がにじんだ。

「俺の動きを封じた事は褒めてやる。だが、封印を解くのに、相当の力を使っただろう。もうほとんど残ってねぇんじゃねぇか?」

「……」

 アルゴスは魔族を睨む事で精一杯だった。奴の言う通りだったのだ。マットウェルにかかっていた封印を解く為に、思った以上の力を使ってしまった。彼女にとっては、先程の木々達に魔力を吸い取らせ、仕留められればと思っていたのだが、目の前の魔族は相当の強さ。思う通りにはいかなかった。


「ふん。みくびってもらっちゃ困るわ」


 アルゴスの足元に、金色の光の輪が現れた。ヴン、と空気を震わせる。


「私はガイヤを守る役目を与えられた。ここで簡単にやられるわけには、いかないでしょ!」

 金の輪が、地面に広がり、大きな円を描く。魔族の体も輪の中に入っている。

「何を――」

 魔族は、足元に太い木の幹が生えていて、ツタも絡まりその場から動けなくなっていた。

「何の真似だぁっ!」

「柱の力を、解放する!!」

 アルゴスが両腕を広げると、体が眩しく光り輝いた。すると、その光の中からあらゆる植物や木が溢れ出したのだ。それは一気に魔族の体を覆い尽くし、反撃の隙すら与えない。

「自分の体から……木を生やした……だと……」

 ぎしっ、と魔族の体が軋んだ。姿が見えなくなり、木が束になって魔族を押し潰している。


「魔族よ、覚えておきなさい。この世界には、ガイヤの守り手がたくさんいる事を。お前達がどれだけこちらへ押し寄せようとも、決して負ける事はない!」


「……ざ……けるな……」


 魔族の声がかすれて聞こえなくなった。動きも止まる。


「あぁ、せっかく気に入ってた体だったのに。今の私には、こいつを封印するしか出来なかったわね」

 アルゴスは、柱の力で自分の体を植物に変えたのだ。彼女自身の力は弱っていたが、柱の力を利用する事によって、魔族の体を縛りつけ、封印する事に成功した。もう今のアルゴスは、魂だけの存在になっている。


「サーヤに怒られちゃうわねぇ……」



 アルゴスの魂が光の粒となり、森の奥へと向かって行く。




 森の奥深くに立つ、土の柱が淡く光っていた。

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