第14話 解呪

「うっ……」


 マットウェルにかかっていた封印の呪いが解ける。今まで彼の心は、袋に詰められてぎゅっと縄で縛られていたような感覚だった。思い出したくても、思い出がその袋から出て来られずにいたのだ。しかしその縄が、ぶちりと千切れる感じがした。



 眩しい光の中から、どんどん思い出が解放されていく。


 自分の両親の顔。

 里や仲良くしてくれた人達。

 族長、里巫女ユニ。

 自分の役割。

 そして、大切な二人の笑顔。



「ジョシュ……、エイナ!!」


 思わず叫んでいた。はっきりと思い出したのだ。絶対に忘れてはいけない二人を。

「あ、れ? 俺は……。ここは……」

 辺りを見回す。ここはリビングだ。知っているのに、記憶の中にない場所なので、混乱している。

「君、しっかりしな! 私を見なさい」

 アルゴスがマットウェルの肩をばしりと強く叩いた。はっと我に返り、冷静に頭の中を整理する。

「君の名前は?」

「……マットウェル」

「マットウェルだね。私はアルゴス。覚えてる?」

 マットウェルはアルゴスをじっと見た。

「……おかま」

「Mr.レディだっつったろ!」


 ぶしゅっ


「あ゛ーー!!」

 両目を押さえて悶絶もんぜつするマットウェル。

「師匠っ! 目潰ししてどうすんの!!」

「つい」

「ついじゃないでしょっ!」

 サーヤがマットウェルの顔を覗き込んだ。

「マットウェル……、長いな。マットって呼んでいい? 大丈夫?」

「!!」

 マットウェルはサーヤの顔を見て驚いている。

「かるーく突いただけだし、傷もないよ」

「そうでなくても痛いでしょうが」

 じろりとアルゴスを睨んだ。アルゴスは肩をすくめている。


「……エイナ」


「え?」

「エ、エイナ! お前っ、なんでここに!? ジョシュはどうしたんだよ。何であんな奴を――!!」

 マットウェルは、サーヤの肩を掴んで必死に問うている。サーヤ自身は、訳が分からず何も言えない。

「ちょ、ちょっと待ってよ――」


「マット、その子は光の巫女じゃないよ」


 アルゴスが、静かに言った。

「急いでるんだ。両腕を出しな」

 マットウェルの腕を掴み、サーヤからはがすと、再びアルゴスの手が光りだした。

「解呪! この子はサーヤだ。よく見なさい」

 戸惑うマットウェルは、サーヤの顔を見た。

「あの時は、白い髪が紫になってた。あれから黒に変色したんじゃないのか?」

「この子は生まれた時から黒髪なの」

「でも、ほんとにそっくりだぞ!?」


「当たり前よ。この子は、光の巫女の双子の妹なんだから」


「え!?」



「アルゴス! 来ました!!」

 外に出ていたエクレーが急いで入って来た。外に異常がないか、見張っていたのだ。

「やっぱり来たか。腕の封印は半分しか解けてない。後は仲間の賢者に託すよ。さぁ、立って土の柱まで行くんだ!」

 アルゴスがサーヤとマットウェルを家の裏口から出るように指示を出す。コルはサーヤの肩にちょこんと乗っていた。

「エクレー、コル、二人を守るんだよ」

「はい!」

「お、おう」

 エクレーはしっかり頷いたが、コルの声は少し怯えていた。サーヤ達は裏口へと走って行く。

「マット、詳しい事は、皆から聞きなさい。今は逃げるの。良いね?」

「アルゴス様っ、剣はありますか? 剣には自信がある。少しは役に立てるかもしれません」

 アルゴスが、にっと笑った。

「ここでの事、忘れたわけじゃなさそうだ。良いだろう。私の剣をあげるよ」

 彼女は、腰に付けていた剣をマットウェルに渡した。

「これ、大事なものじゃ――」

「護身用だから、なくても平気。私は元々、剣術が苦手なの」

 気にするなと言わんばかりに、ウィンクした。マットウェルの手に渡ったアルゴスの剣。それは、剣士が持つ剣より細身の刃で銀色に輝き、つかの端に黄色の宝石が付いていた。さやにも見事なつる草の銀の装飾がされており、とても軽い。

「ここは大丈夫だから行きな。生き延びた命を大事にね。皆を頼んだよ!」

「はい!」

 マットウェルが裏口から外に出た所で、どぉんと大きな音と共に、土煙を立てて家が潰れてしまった。その衝撃で、マットウェルは側の森の中まで吹き飛ばされる。

「いってぇ……!」

 首を振りながら起き上がり、さっきまでいた家を見る。土煙の中から、見覚えのある影が見えた。


 体中の毛が逆立った。手に持つ剣をぐっと握る。


「あいつ……!」


 大きい体で、黒い肌に尖った耳。コウモリのような翼。里に現れた魔族がそこにいたのだ。

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