第18話 土の柱
「私の事は良いので早く奴を!」
失った右腕を押さえながら、エクレーが叫んだ。態勢を崩し、よろりとよろけた彼女だが、パニックになる事もなく、冷静だ。
マットウェルも彼女の声に冷静さを取り戻し、剣を構えなおす。蛇の魔族はエクレーの腕をペッと吐き捨てた。
「こんなまずいもの、食えたものではない」
「でしょうね」
エクレーが自分の影を足でとん、と鳴らすと、そこから剣が出て来た。細身の刃で、女性でも扱いやすそうだ。左手でしっかりと持ち上げる。
マットウェルは、魔族の羽を落そうと、羽の付け根に剣を入れたが、骨が異常に固くて斬る事ができない。ならばと背中から腹を斬った。しかし、しっぽの時のように上手く斬れないのだ。
「んだよ、この鱗! さっきは斬れたのに!!」
しっぽではたかれ、マットウェルは茂みに飛ばされてしまった。
「なめるなよ、人間」
ぎろりと睨むその視線は、ズローブルと似ていた。とても冷たく、冷酷で、慈悲などない。ずるんっ、と切断したしっぽが元に戻った。
「魔力が少ないせいで本調子ではないが、
再び羽を大きく羽ばたかせると、突風が竜巻となり、辺りの木々をしならせ折っていく。マットウェルとエクレーは、飛ばされないように木にしがみついているのでやっとだった。
「頭使うって言っても、こんなの……どう戦えば――!」
「はぁっ、はぁっ!」
サーヤは森の中を全力疾走していた。石や根で、でこぼこした地面に足を取られながらも、目的地へまっすぐ進んでいく。
「もう少し……」
息が切れて、口の中が乾く。茂みの葉や枝で顔も傷だらけ。それでも止まってはいけないと、必死に足を前に出す。
「っ!? うわっ!!」
突然、後ろから足を引っ張られた。思わず転倒してしまう。
「何……、ひっ!」
見れば、地面の中から黒いモヤが手の形を成し、サーヤの左足首を掴んでいるのだ。丁度、日の光が当たっている場所だったので、影ではない。明らかにこの世界にはない、異常なモノだった。
「放して! 放せって!!」
足をブンブン振っても放してくれない。これでは前に進めないではないかと焦りだした時だった。
「おぉりゃあぁぁっ!!」
「コル!?」
目覚めたコルが、モヤの手を
「ありがとう、コル」
「もう少しだ。走れ、サーヤ!」
コルはサーヤの肩に乗り、しっかりと指示を出す。自分で飛ばずにちゃっかりしている所が相変わらずなので、緊迫している状況のはずなのだが、サーヤはつい笑ってしまった。おかげで体の変な緊張がほぐれた。
「しっかり掴まっててよ」
サーヤは再び走り出した。
木の間から、透明な水晶のような柱が見えてきた。
「着いた……」
苦しくて肩が上下に揺れる。はぁ、と息を吐き、目の前にそびえ立つ柱を見上げた。高さは五メートルはあるだろう、太く大きい柱だ。六角形で上にいくほど細くなっていく単結晶。傷一つなく、美しい。
サーヤは土の柱の増幅装置を取り出した。黄色の石がはめ込まれた、この柱の装置だ。
「取り付けるって、引っかける所がないけど柱に当てればいいのかな」
今になって不安になってしまった。そういえば、取り付け方法を聞いていなかった気がする。
「とりあえずやってみろ」
コルもよく分かっていないらしい。サーヤが装置を柱に接触させようと近付けた時だった。
「! サーヤっ、まず――」
「!?」
コルが叫んだが、最後まで言えなかった。サーヤもいきなり視界が真っ暗になったのだ。夜になったのではない。まだ夕方には少し時間がある。
「うっ!」
体が動かない。しかもギシギシと体を締め付けて来る。あまりに苦しくて、膝を付いた。
(あの黒いやつが!?)
先ほど、サーヤの足を掴んでいた黒いモヤ。それがここまで来ていたのだ。体が痛い。そして、首も締められる。コルも動けずにいた。柱の前だから大丈夫だと、油断してしまった。
「ぅぐ……」
(コル……。息、できない……)
気が遠くなりそうになった時。
ザザザッ!!
サーヤのいる足元から、植物が突然生えてきた。その葉やツルが、サーヤとコルに
「うちの娘に、手ぇ出すんじゃないよ」
「し、師匠……?」
アルゴスの声が聞こえた。コルは咳き込んでいる。
「げほっ。サーヤ、早く!」
「う、うん!」
増幅装置を柱に押し付けた。カチッと接触した瞬間、柱が石と同じ黄色く輝きだす。眩しすぎて、目を開けていられない。
柱に光が
「コル、師匠の声が聞こえた。師匠! いるの!?」
サーヤが周りを見回し叫んだ。コルは戸惑っている。
「アルゴスは家で魔族と戦ってたはず……」
「でも、確かに師匠の術だったじゃない」
足元を見た。ツタが地面を
「師匠……まさか……」
ぞくりと背中に冷たいものが走った。
「骨も残さん!」
蛇の魔族が口を大きく開けた。折れた牙はそのままに、口の中が黒く光りだす。明らかにヤバいものだ。
どんっ!
マットウェルが
「まじかよ……」
呟いたマットウェル。エクレーは死角を狙い、蛇に斬りつけようとしたが羽で防御される。
「邪魔だぞ、女」
次はエクレーに向けて口から閃光を吐いた。紙一重で避けたが、蛇に近付けない。マットウェルが剣を振り上げたが、太いしっぽで体を押さえつけられてしまった。魔族が彼を見下ろした。
「うっ!」
「やっと魔力が溜まりだした。家族の元へ送ってやる」
「!」
再び口を開き、閃光弾を準備している。身動きができないマットウェルは逃れようともがくが、しっぽが重すぎて子供の体では全くびくともしない。
「くそぉっ!!」
悔しくて叫んだ。
「死ね」
閃光弾が目の前に迫る。
カッ!!
眩しい光が辺りに溢れた。森の奥から光が来たのだ。
「なっ!? あ゛あ゛!!」
明るく清浄な光は、蛇の魔族の閃光弾を吹き飛ばす。そして、大きな蛇の体をくねらせ、苦しそうな声を上げた。すると、地面からツタが何本も現れ、蛇の体に巻き付いたのだ。しっぽが動き、マットウェルが解放された。
「何だコレは――」
体中にツタがびっしりと巻かれると、体から黒いモヤがにじみ出て来た。そのモヤは、ツタの葉が吸収している。
「これはアルゴスの術! マット、仕留めますよ!!」
「おう!!」
マットウェルとエクレーは剣をそれぞれ構え、ツタの間から見える魔族の体に斬りつけた。魔力を吸われた蛇の体は、先ほどの強固さを失い、ざくりと斬れる。エクレーは胴を両断した。
「ああああああっ!!」
マットウェルは気合いと共に思い切りジャンプし、剣を水平に振り抜いた。蛇の首が地面に転がる。ゴロゴロと転がっていき、岩にぶつかり止まると、ざらりと黒い
「倒した……。なんとか倒したぞ!」
はぁはぁと息を切らせるマットウェル。だが、エクレーを見て、はっと思い出した。
「エクレーさん、腕っっ!!」
彼女の右腕は魔族のせいで失ってしまったのだ。エクレーは剣を影の中に入れるが、全く気にしていない様子。
「腕はサーヤが戻します。さぁ、柱の所へ行きましょう」
「い、痛くないんですか?」
「少しズキズキしますが、大丈夫です」
「大丈夫なんだ……」
ズキズキどころじゃないケガの具合のはず。マットウェルは呆然と彼女を見ていた。
「急いでサーヤの所へ」
「はい!」
二人は森の奥へ走っていく。
「アルゴス……」
エクレーは、痛いくらいに胸が締め付けられていた。サーヤの元へ一刻も早く行かねばと焦っていた。
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