第22話 事実確認

「まずは、本当の年齢は?」

 サーヤが気になっていた事を最初に聞いた。


二十歳はたち


「はっ、はた!?」

 ちゃんと話せていない。驚きすぎて舌が回っていないのだ。

『ほーら、立派な腕があるじゃなーい』

「師匠、余計な事言わないで!」

 絶対ニヤニヤしている声色こわいろで茶化すアルゴスを、必死に止めるサーヤ。


(変に意識させてどうすんの! 中身は大人でも外身そとみは子供だしっっ!!)

 首をぶんぶん横に振って、いらぬ思考を払った。


「そんなに驚く事か? まぁ、この姿で二十歳って言われたら、びっくりするか」

 彼の見た目は十歳程度。倍の年齢が実年齢だった。魔族は何という事をしてくれたのか。

「サーヤは十八だろ? 一応、年上だからな!」

 ひひっ、と笑ったマットウェル。サーヤは、眉を寄せた。

「年上なら、失礼な言動があったかも。ごめんなさい。それに、敬語の方が――」

「やめろ。そういうの苦手だ。敬語もなしで、いつも通りにしてもらった方が良い。はたから見たら、チビの俺に敬語使ってる姿なんて、変だろ?」

「そうね。マットがそう言うなら」

 ふっと、口角を上げて緩く微笑むサーヤ。マットウェルはドキリとした。


(本当にそっくりだな。錯覚を起こしそうになった……)


 まだエイナに妹がいると知って数時間。頭が混乱する時がある。一卵性双生児いちらんせいそうせいじの双子なので、顔つきもほとんど同じ。声も似ている。違いと言えば、髪の長さと色だけだ。背中まである黒髪をポニーテールにしているサーヤだが、エイナが目の前にいるような気持ちになる。


『マットは光の巫女、エイナと年が近いから、よく遊んだりしてたの?』


 アルゴスの言葉に、マットウェルはうなずいた。

「幼馴染で、家も近かったから、家族ぐるみの付き合いでした。俺にはジョシュって言う、同じ年の兄弟がいて、三人でよく森を駆け回ってました」

「ジョシュ……。記憶が戻った時に言ってた人ね。ん? 同じ年の兄弟? マットも双子なの?」

 サーヤも覚えていたが、マットウェルの言い方に疑問を持った。

「ジョシュは、赤ん坊の時に森に置き去りにされていた所を里の人間が見つけて、俺の親が引き取ったんだ。俺も生まれたばっかりで、親は双子を育てるみたいだったって、言ってたな」

『本当の双子がバラバラになって、えにしで結ばれた子同士が一緒に育てられるなんて、何だか皮肉ね』

「俺も、そう思いました……」

 本来なら、エイナとサーヤも共に育つはずだったが、それは叶わなかった。そこにガイヤの意思が働いていた事は、サーヤ自身、ちゃんと理解している。

「私は、師匠の所に来るようになってたの。私には産みの親がいて、姉がいるんだって聞いた時、私はいらない子だったのかなって不安になったよ。でも、師匠がちゃんと説明してくれた。この世にいらない子なんて一人もいないんだって。私がここにいるのは意味があるから、不安になる必要はないんだって。師匠も私をたくさん愛して育ててくれたから、全然寂しくなかったよ」

『サーヤ……』

 アルゴスは感極まっている。

「ガイヤが私を師匠に会わせてくれたのは、今この時の為だったんだって、理解したよ。私、師匠が育ての親で本当に良かったと思ってる。感謝してるよ。ありがとうね。マットも、気を遣わなくていいから」

 言い忘れる事がないように、サーヤはアルゴスへの感謝を伝えた。マットウェルも、彼女の言葉を聞いて、ホッとしている。サーヤは、幸せに育ったのだ。



「あの……。もらった手紙、ここで読んでも良いですか?」


 マットウェルがアルゴスに問うた。襲われる前にアルゴスから渡された手紙だ。魔族が現れてから、セレティアの里がどうなったのかが書かれている。

『かまわないわ。聞きたい事があるなら、答えてあげられるしね』

 ポケットの中に手を入れ、封筒を取り出した。落としてはいけないと、逃げている時にポケットに突っ込んだのだ。おかげでしわだらけになってしまった。丁寧に指でしわを伸ばす。

「私は席を外そうか?」

 サーヤは腰を上げようとした。

「いや、ここにいてくれないか? いてくれた方が……助かる。……気持ち的に」

「分かった」

 再び座ると、マットウェルは封筒を開けた。そこには紙が一枚入っていた。ぺらりと開いて読む。



 静かな時が流れた。



「……誰も、生きてる人間は、いない……」

 マットウェルがぽつりとつぶやいた。

『手紙の通り、黒い穴が開いて、私はすぐに里へ向かったわ。近付ける限界までね。あの穴は、里を丸々覆いつくしていた。金の柱も駆けつけて、穴を塞ぐ為にふたを作って固定したの。先に出てしまった魔族は何匹か始末した。それから里の周りを回って生き残った人間がいないか探してみたけれど、一人もいなかったわ』

 アルゴスの言った事は本当だろうと、マットウェルには確信があった。

「追って来た蛇の魔族に言われたんです。穴が開くエネルギーに負けて、人も土地もかき消えたって……」

 あの魔族の言葉が鮮明によみがえる。

「エイナとジョシュも、いなかったんですね?」

『ええ。見当たらなかった』

「そこにいないなら、一体どこに……」

 アルゴスは、見たままを話している。マットウェルは、二人の行方を考えていた。そんな二人の様子を見つつ、サーヤが恐る恐る声をかけた。

「あのぉ、その二人は生きてるの? 光の巫女なら、穴が開くのを止められたんじゃ?」

 詳しい事情を知らないサーヤは、至極当然の事を聞いた。

『私も全てを知ってるわけじゃないの。マット、思い出すのは辛いだろうけど、話してくれる?』

「……」

 少し考え、マットウェルは口を開いた。



「ズローブルをガイヤに呼び出したのは、エイナだった」



「!」

『!』

 マットウェルは、覚えている事を少しずつだが、全て話した。エイナとジョシュが恋人同士で駆け落ちした事。それから追手がかかり、里の人間に襲われ、ジョシュが瀕死ひんしの状態になった事。エイナがズローブルを呼び出し、追手を抹殺させた事を。


「朝になって、里にジョシュを抱いたエイナが現れたんだ。ズローブルも連れて来た。奴は、里の中から一人だけ見逃してやるってエイナと約束したらしい。それで俺が選ばれた。友達で味方だからって理由で。ユニ様は奴に吹っ飛ばされた……。親父も血まみれになってた。あれも、奴の仕業だろうな……。エイナの言い方から、奴は俺以外の人間を生かしておかないだろうと分かってたけど、やっぱり事実を知ると……苦しいな……」


 膝の上に置かれた拳がぎゅっと握られ、少し震えている。ふと、右手に彼よりも大き目の手が置かれた。

「サーヤ……」

「もういいよ。無理に話さなくても……」

 サーヤは見ていられなかった。苦しそうに話すマットウェルの姿を。世界がこうなってしまった事情を、すぐ側で見た人物はマットウェルだけだ。話を聞く事が重要だと分かっているが、彼の状況を考えても、無理強いは良くない。

 マットウェルの小柄な左手が、サーヤの手の上に乗せられた。両手でサンドする形になる。

「ありがとう。大丈夫。俺は、ユニ様にアルゴス様の所へ行くよう言われてたんだ。エイナが闇にちた事を伝えて、里で何があったか話すようにって。記憶喪失になっちまったせいで、伝えるのが遅くなったけど。一応、義務は果たせたかな。でも、エイナの事、少しは理解してやってほしいんだ。あいつがやった事は、許される事じゃない。でも、エイナは巫女の役目に苦しんでた」


 エイナがこれまで受けて来た様々な暴力を話して聞かせた。誘拐された事も、男に何度も襲われそうになり、その度に恐怖し泣いていた事を。そんなエイナを知っていながら、ユニ達大人は、巫女の役目を重要視し、彼女を守ろうとしなかった事実を。


「俺は、金儲けの道具にされてると思ってたんだ。ユニ様達、権力者はどこかに金をため込んでたから。俺も、ジョシュと一緒に里から逃げる事を望んでた。じゃなきゃ、あいつらは幸せになれなかったから」

『巫女は男に触れる事を禁じ、みさおを守る、とか言うものね。もう古いしきたりなんて、合わないのよ。なるほどね。マットやズローブルの言葉で、巫女の力がただ暴走してこうなったと思ってたけど、事情は分かったわ。ありがとう、マット』

 アルゴスは、マットウェルのエイナの髪の色が変化した話や、ズローブルがエイナとジョシュの存在を認めている点から、エイナが仲間になったのではと考えていた。そこに行き着くまでの経緯いきさつは知らなかったので、この事態は遅かれ早かれ起きていた事だったと想像するのは容易たやすい。


『でも、私達のやることは同じよ。柱の増幅装置を取り付けて、ガイヤの力の強化をはかる。その中でエイナやジョシュと会う事があれば、こちら側に戻ってこられるか交渉ね。もしもの場合は、力による交渉になるけど』

 それは、戦うという事だ。

「覚悟してます。こうなった以上、簡単にはいかない事は百も承知です」

 マットウェルの瞳が強く光った。サーヤは当事者ではない。しかし、この脅威に足を突っ込むことになったのだ。サーヤはそこまで心を決められない。


(私は、どうしたらいいんだろう……。私の言葉なんて、説得力ないし。戦う事になったら……。こっちにはクロウがいる。私がエイナを倒したら、マットは悲しむよね……)

 じくじくと胸が痛い。どう考えても、ハッピーエンドにはならないので、サーヤは表情が曇っていた。


『サーヤ、あなたは増幅装置を最優先に考えて。さっき、エイナを止めてと言ったけど、無理強いはしないわ。迷わせたなら、ごめんなさいね』

「ううん。私の出来る事を頑張るね」

「エイナとジョシュの事は、俺が何とかするから。気にしなくていいぞ」

「分かった」

 マットウェルの元気付けてくれる笑顔を見て、サーヤは少し、気持ちが楽になった。


『マット、ユニは正しい事を二つしたと言ったのを覚えてる?』

「そういえば……」

『もう一つはね、あなたが良く思っていなかった、かねをため込んでいた事よ』

「え?」

 どういう事か、分からなかった。

『魔界への穴を塞ぐ蓋を作った話をしたでしょ。その蓋の材料が、そのお金なの』

「えぇ!?」

 確かに、太陽の光で眩しく光っていた。それが蓋だったのだ。

『里の中にあれば吹き飛んでいたけれど、きんの柱と合流して、材料になりそうなものを探す中、見つけたのよ。離れた山の中に隠してあった。その使い道は本人のみぞ知るだけど、混じり気のない純金は、邪気から守る護符、強い浄化作用があると言われてきたわ。緊急事態だったあの時は、本当に助かった』

「そんな事が……」

 マットウェルは驚いている。

『増幅装置のおかげで、しばらくは、土の柱の管轄内で黒いもやや魔族の動きは減るはずよ。奴らのエネルギーは魔界の力だもの。清浄な世界を保てれば、魔族も弱体化するはず。明日は――』

 急にアルゴスの声が小さくなった。

「師匠、声が!」

『あらら、……そろそろ限界かしら……』

 アルゴスが遠くに行くような感覚におちいる。

「師匠っ、嫌だよ!」

 サーヤが必死に呼びかけた。

『良く聞いて。……明日、準備が出来たら柱の前に来なさい。……金の柱の所まで……飛ばしてあげるわ……。その時は……しっかり……手をつなぐのよ……』

 マットウェルが握っていた手を放す。サーヤは柱に手を着きアルゴスの気配を感じ取ろうとした。



『ガイヤを……お願いね……』



「……師匠……」

 もうそれ以上、アルゴスの言葉が聞こえる事はなかった。

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