第21話 影の力

「私は、影を操る力を持ってるんだ」


「影……」

 マットウェルは、自分の足元を見た。夜だが、柱の光で影ができている。

「まぁ、操るって言っても、自分の影を通して別の場所の様子を見たり、私の影をマットの影と重ねると……」

 サーヤが手をマットの方へ伸ばす。サーヤの影もマットの所へ伸び、影がつながった。

「足を動かしてみて」

「……あれ?」

 マットウェルが足を上げようとしても上がらない。両足がぴくりとも動かなくなってしまった。

「動きを封じたり出来る。影から人を思い通りに動かすのは難しいけど。あとは、エクレー達の欠けた体を元に戻すとか。私が出来るのはそれくらいかな」

「エクレーさんの腕、すぐに戻ったもんな。すげぇ。じゃあ、夜はサーヤが最強ってことか?」

 暗闇によって影がつながる夜は、サーヤの力が全てに及ぶということだ。

「そうでもないよ。力を使うの、すごく疲れるんだ。体力を削るから、やりすぎると倒れちゃう」

 はは、と笑うサーヤ。

「万能ってわけじゃないのか。で、その影の一部がエクレーさんとコル?」


『サーヤの力は強すぎるのよ。自分で制御ができなくてね。よく暴走して地面に大穴開けてたわ。だから、自分であやつれないなら、操れる者を作ろうという事にしたの』


 アルゴスが補足をした。

「影の力を操る……。足元の影から武器を出した、アレか」

 エクレーが戦いの中見せた、武器の取り出し方を思い出した。

「師匠に手伝ってもらって、力をり上げて三つにまとめたの。人に近くなるように心も与えて。最初に生み出したのが、エクレー」

『彼女は攻守のバランスが良い。手先も器用で頭も良いから、家事を教えて助かっちゃった』

 サーヤも、そうだねと頷いた。

「次がコル。防御に特化してる。人型のつもりだったのに、出来たらしゃべるカラスになってた。頼りになるし、結果オーライだったけどね」

「はは、なるほど」

 大きな鳥になり、皆を乗せて飛んでいた。今まで見て来たコルの性格からしても、前線に出るタイプではない。マットウェルは納得した。

「三つ目は?」

「クロウって名前でね。攻撃に特化してるの。エクレーよりも強くて……強すぎて、二人みたいに実体を持たせる事が出来なかったんだ」

「どういう事?」

 マットウェルは首をひねる。

『体といううつわに、おさまりきらないほどの力なのよ。実体を持たせてみても、破壊しちゃってね。彼だけ体を持たない精神だけの状態なの』

「へぇ。会う事は出来ないのか?」

「影から出すだけで、けっこう疲れるの。だから、出すのは本当に必要な時だけね」

「そうか。やっと彼らの事が分かったよ」


 マットウェルはコップに残っていた水を飲み干した。


「じゃあ、エイナの双子の妹が、なんでここにいるんだ? 全然知らなかったよ。里の大人達は知ってたのか? っていうか、サーヤの前で聞いて良かったのかな。この話……」

 口に出してから気付いたマットウェル。少しバツが悪そうだ。

「大丈夫。私は全部聞いてるから。気にしないで」

 サーヤは笑顔で答えた。

『その話は、私からしましょうか』

 アルゴスが声を出した。


 彼女はサーヤが生まれた時からの事を話して聞かせた。里の巫女ユニが、サーヤは世界を破壊する力を持つとガイヤから啓示けいじを受け、里から追放したこと。大人は事情を知った上で、決して子供達に口外する事がなかった事を話した。


『あの婆さんは、あまり好かなかったけど、正しい事を二つした。一つは、サーヤを殺すのではなく、私にたくした事よ。彼女なりに情けをかけたのか、殺した途端、影の力があふれるのを恐れて、私に全てを押し付けたのかは分からないけど』

「すいません、口をはさんで。……エイナとサーヤの両親は、手放す事に同意を?」

 マットウェルは、聞きにくい事だったが、勇気を出して聞いてみた。

『私の所へサーヤを連れて来た者から聞いた話では、相当抵抗したみたい。そりゃそうよ。どっちも大切な我が子だもの。その者は、サーヤを親から無理やり引き離して、私の所へ行くように、ユニから指示されていたの。この子の出自しゅつじを口外しないでくれ、里に近付かないでくれって頼んできたわ。不愉快よね』

 アルゴスの言葉には、少し棘があった。

『でも、サーヤの力がどれほど強力なものか、育てていく内に分かったわ。力が発現はつげんしたのは三歳ごろだったかしら。泣いたり、感情が高ぶると影が暴走して、屋根と地面に穴が開くわ、壁が壊れるわ。確かに、普通の人間に育てるのは無理だったわね。近くの町の子供と遊ばせたかったけど、それも出来なかったわ』

 サーヤは渋い顔をして聞いている。

『だからある程度成長した時、力を三つに分散させたの。そのおかげで、サーヤ自身が持つ力の量が少なくなって、落ち着く事が出来たのよ』

「エクレーとコルは、実体を維持するのに私の力を少しずつ自動で吸い上げてるから、本当に私の出来る事って少しなのよね」

「影の力って、なくならないのか?」

 素朴な疑問をぶつけてみた。

「不思議な事に、必要な時に必要なだけ、水みたいに湧いてくるのよね。大量に使わない限り、制御できるから大丈夫」

『サーヤが生きてる限り、力が尽きる事はないと見ているわ』

「じゃあ、寿命が来たら……」

「今の状態なら、力が暴走して世界を破壊する、なんて事にはならないと思う。世界を破壊する必要なんてないもの。エクレー達も消えるはずだから」

 マットウェルが、えっ、と反応した。

「みんな、消えちゃうのか!?」


『サーヤの力で出来てるんだもの。力でつながるって事は、そういう事よ』


「私の出来る事は少しだけど、この力は、私の大切なモノを守る為に使いたいって思ってるんだ。壊すんじゃなくてね」


 サーヤが笑って言った。二人の言葉を聞いて、マットウェルは頷いた。

「すごいな。これから一緒に旅をするんだから、俺も力になれるよう頑張るよ」

「私の事、怖くない?」

 サーヤは少し不安そうにしている。こうして秘密を誰かに打ち明ける事が初めてだったからだ。家族以外の人物と長く話すのも初めて。内心ドキドキと緊張していた。

「怖くねぇよ。記憶喪失だった俺の面倒を見てくれたんだ。感謝してんだぞ」

「!」

 感謝されることもあまりなかったサーヤ。嬉しくて、顔が熱い。

「それに、エイナの妹だしな。何が何でも守らねぇと。会わせてやりてぇよ。そしたら、あいつも元に戻るかもしれねぇし」

 悲しそうな、悔しそうな表情をしたマットウェル。サーヤは、姉だというエイナがどんな人間で、今どんな状態なのか知らない。何故だか心がモヤっとした。



「私の事は隠さず話したわよ。次はマットの番ね」


 こちらも急に緊張しだしたマットだった。

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