第20話 夜
柱の所へ戻り、ズローブルがどうなったのか、見て来たことをアルゴスに伝えた。彼女も了解し、自分の管轄内にある奴の巨木を注意しておくと話し合った。今はもう日も落ち、暗くなっている。
「隠れ家の鍵、出てきて!」
今夜の寝る場所を確保し、食事の用意をしなくては。サーヤはカバンから一冊の本を取り出した。そして、裏表紙をめくり鍵を呼ぶと、ページから銀色の鍵が飛び出て来た。
「隠れ家の、鍵?」
マットウェルは不思議そうに見る。周りを見ても、隠れ家がありそうな場所はない。まさか、地下にあるのだろうかと足で地面をトントンと叩いてみたが、そんな気配は全くなかった。
サーヤが鍵の先端を、側にある木の
がちゃり。
解錠の金属音が響く。扉が開くと、そこは家の中だった。
「え……えぇ!?」
マットウェルは状況に頭が追いついてこない。プチパニックを起こしている。
「師匠が賢者の力で作った
サーヤが説明しながら案内してくれる。マットウェルは天井から足元まで、あちこちを見回すが本当に家の中。エクレーが最後に入ると、がちゃりと扉を閉めた。
「扉が閉まると、外からはこっちが見えないの。外から開けられるのは、この鍵だけ。万が一、追われた時、逃げ込むのに最適よね。この鍵をどこにでも挿して回せば扉が開くんだから」
「だから、隠れ家……」
「賢者の力って、結局柱の力だから、ガイヤの柱がある限り、聖道具を使うことが出来るの。……師匠がいなくてもね」
最後の言葉は、少し悲しみが含まれていた。サーヤは眉を寄せて苦笑する。
「はぁ、お腹すいたね」
「すぐに取り掛かります。サーヤは、アルゴスの所にいてください」
エクレーの気遣いにサーヤも頷いた。
「ありがとう」
サーヤの肩に乗っていたコルもマットウェルの肩に移動する。
「さっ、エクレーを手伝うぞ!」
「えっ、あ、ああ」
二人と一羽がキッチンに入るのを見て、サーヤは小窓から外を確認して扉を開けた。鍵はしっかりポケットに入れて、柱の前まで来る。
『サーヤ、大きくなったわね』
「やめてよ。いつも見てたんだから、分かるでしょ」
ふふ、と柱から聞こえるアルゴスの声は笑っていた。
『そんな事ないわよ。改めてあんたを見て、そう思ったの。家に戻る時、また魔族が襲ってきたらとか、ズローブルがまだ動いてたらとか、思わなかった?』
「それは、あの光があったから。黒いモヤを吹き飛ばしたんだから、大丈夫だって思って」
『柱を信用してくれてありがとね。でも普通の人なら、やっぱり戻るって怖がるんじゃないかしら? サーヤって凄いなぁって、思ったのよ』
褒められて、照れくさくなり口を
「褒めても、何も出ないよ」
『出されても、もう受け取れないわねぇ。あ~あ、残念。もっとエンジョイしたかったわ』
「そうだよ! 私だって、もっと……もっと……一緒にいたかった……」
そう言葉にした事で、
アルゴスは、しばらく静かにサーヤの泣き声を聞いていた。
『ごめんなさいね。涙を拭いてあげられなくて……。抱きしめる腕がなくて……』
彼女なりに苦しんでいた。目の前で自分を想って涙する娘を、
『サーヤの結婚式に出席して、孫を抱っこする日を夢見ていたけれど、私はここで、あんたが成長していく姿を見守る事にするわ。私はずっとここにいる。サーヤをずっと、愛してるからね』
「師匠ぉ……」
サーヤは、両手を伸ばし、柱に触れた。とても温かい。アルゴスの手のぬくもりと同じだった。
『サーヤ、大変な仕事を任せて申し訳ないわ』
「ううん。どうせ私しか頼める人間がいなかったんでしょ。頑張るから」
『いいえ。サーヤにしか、頼めないのよ。関わりがなかったとは言え、姉がこの事態を引き起こした。暴走したあの子を止められるのは、一緒に育ったマットと、唯一の肉親になったサーヤだと思うから』
涙を拭いたサーヤの心境は、複雑だった。
「会った事もない人を姉だなんて思えないよ。向こうだって、私の言葉を聞くかどうか……」
『分からないわよ。双子って、不思議な繋がりがあるって言うじゃない。ガイヤも、サーヤを私の所へ
まだ眉を寄せて難しい顔をしていたサーヤだったが、渋々頷いた。
「まぁ、会う事があったら、やってみる」
『お願いね。エクレーとコルが守ってくれるから心配ないし、もっと強い相手には、“クロウ”にも、頼む事になるわね』
サーヤは頷いた。
『でも、クロウは本当に最後の手段にして。勝てない相手なら、さっさと逃げなさい』
「うん。分かってる」
『それにね、私は本当に安心してるのよ。マットがいてくれるから』
「マットが?」
アルゴスは、ええ、と頷いているように感じる。
『彼を頼りなさい。大丈夫、サーヤを守ってくれるわ。涙を拭く手も、抱きしめてくれる腕もあるしね♪』
「なっ、何言ってんの!? 子供でしょうが!」
サーヤが訳が分からないと
『記憶が戻ったんだから、本当の歳を聞いてみなさいよ。あの子は呪いで体の時間も
「あ、そうか。あの体、違和感あるって言ってたっけ」
『そうそう。噂をすれば、来たわね』
ぎぃ、とゆっくり隠れ家の扉が開く音がした。こちらの気を遣ったのか、音を立てないようにしている事が分かる。
「あ、ごめん。邪魔したよな。飯が出来たから、様子を見てこいって言われて」
マットウェルが扉から顔を出した時、サーヤがしっかり彼の顔を見ていたので、大切な時間を壊してしまったと謝罪した。サーヤは首を横に振る。
「気にしないで。お腹すいたよ。ここで食べようかな」
「そう言うと思って、持ってきた。エクレーさんの言った通りだったな」
彼は両手に盆を持ち、外に出て来た。ほかほかのシチュー、パン、牛肉の焼き物だ。牛肉にハーブを乗せて焼き、甘辛いソースがかかった料理。とても良い香りがする。
「わぁ! おいしそう!!」
「料理の道具も凄いな。火力も調節できるし、オーブンってヤツ、入れたらすぐに出来るんだな。びっくりした」
マットウェルの目がキラキラしている。サーヤは盆を受け取り、笑みをこぼした。
「コンロやオーブンは師匠の発明だから、ここにしかないの。便利よね。ごはん、持ってきてくれてありがとう」
「おう」
記憶喪失の時よりも、話し方が男らしくなっている。これが本来の彼の話し方なのだろうと、サーヤは少しずつ彼を知り始めていた。マットウェルは、サーヤの目が赤くなっている事に気付いていたが、知らないフリをする。柱の光のおかげで、ここは夜でも明るいのだ。
『マットも一緒に食べましょうよ』
アルゴスが声をかけた。
「え、でも俺がいたら邪魔でしょう」
マットウェルも遠慮がちだ。
『あなたとも、話をしたいのよ。私の自我が残っている内に。サーヤが良ければ、だけどね』
「話せる時に話さないとね。一緒に食べよ」
サーヤも賛成する。
「分かりました。じゃあ、持って来――うおっ、エクレーさん!?」
「持って来ました」
いつの間にか、マットウェルの真後ろにエクレーが盆を持って立っていた。気配がしなかったので、彼も驚く。
『いつも仕事が早いわね。エクレー、コル、いろいろありがとう。これからも、二人をお願いね』
「はい。必ず」
「分かってる。任せとけ!」
エクレーと、彼女の頭に乗っていたコルが返事をし、アルゴスへ礼をした。今までの感謝と、これからの決意を目に宿す。口数は少なくても、アルゴスには、彼らの気持ちが良く分かっていたので、それで十分だった。
エクレーとコルが隠れ家に戻り、サーヤとマットウェルは柱の前にある手頃な岩に座り、食事をしながら話をする。
『体の具合はどう? 頭が痛いとかはない? 腕力はどう?』
解呪後の様子を聞いてみる。マットウェルは、肉をほおばりながらフォークを持つ手に力を入れてみた。
「おかげ様で、頭ははっきりしました。ずっと霧の中にいたような感覚だったので。力はやっぱり、まだ上手く入りません。エクレーさんがいなかったら、あの魔族とやり合う事はできなかった」
剣を振っても、威力がない事が良く分かった。腕の力だけでなく、体重とスピード、重力など、全てを利用して剣の力を上げないと思ったように斬れない事を理解した。腕の封印がある以上、戦い方を変えなければと考えていた事を話すと、サーヤとアルゴスは感心していた。
「ごちそうさまでした」
食事を完食した二人は、合掌して挨拶をした。
「まさか、牛肉が食べられるなんて思わなかった」
牛肉は里の
『今日の頑張りと、明日からの旅の景気付けね』
「そうね。すごく美味しかった」
サーヤも満足そうにお腹をなでている。
「なぁ、エクレーさんて、何者?」
マットウェルがずっと気になっていた事を問うた。サーヤは、ああ、と返事をする。
「エクレーとコルは、私の影の一部なの」
「……はい?」
今までの疑問を晴らすべく、アルゴスも交え話し合う事となった。
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