第23話 一人じゃないから
サーヤとマットウェルは、ずっと土の柱の前にいた。二人で話すでもなく、ただじっと、それぞれの岩の上に座っている。
アルゴスの自我が消え、悲しみの中にいるサーヤ。親も生まれ故郷も失い、幼馴染も行方不明のマットウェル。二人の周りの変化が激しすぎて、頭では分かっていても、気持ちが追いついてこない。
「全部、なかったことにできないかなぁ……」
サーヤが柱をぼんやり見ながら、ぽつりと言った。
「できたら、いいのにな……」
マットウェルも、柱を見ながら返した。
「全部、夢でした、とか」
「朝起きたら、俺達それぞれの家のベッドで寝てたってヤツか」
「そうそう」
「だったら、エイナの妹に会ったってのも、夢になるんだな」
「見た目は子供で、中身が大人の人間に会ったってのも、夢って事だね」
少し、しんと静まり返る。
「なんか……それは嫌だな」
「……私も」
ちらり、互いの視線が合う。
「結局、現実逃避しても無駄って事か!」
マットウェルは、ことさら明るい声を出した。空を見上げる。柱の周りには木が生えていないので、星が輝いているのが見えた。
「帰る家ないし、魔界への穴は金の蓋で閉まってるけど、解決したわけじゃない。誰かが開けたら、あんなのがいっぱい出て来るっていうのが現実なのね」
「里を覆うくらいの大きな蓋だろ? 人間には無理だな」
「金が護符の力を持っていても、強い魔族が壊す可能性もある。完全に塞がないと、解決にはならないよ」
「そういえば……、蛇の魔族が穴は広がるって言ってた気がする」
戦闘時の記憶を辿る。魔族は穴からまた出て来ると言ったのだ。
「だったら、前に進むしかないよ。私達が見て、聞いた事を他の柱の賢者に全部話して、対策を立てないと」
サーヤの顔を見るマットウェル。
「サーヤは強いな」
その言葉に、サーヤは首を横に振る。
「強くなんかないよ。師匠が“頼む”って言ったんだから、ずっと泣いてたら怒られる。それだけ」
へへ、と笑って見せた。眉を寄せて、少し辛そうだ。
(悲しいのは同じだ。でも、気持ちを切り替えようとしてる。それが強いって言うんだぞ)
マットウェルも口の端を上げた。
「なんだかな。里の皆を失って、もっとボロボロに泣き叫ぶのかと思ったけど、不思議とメンタル大丈夫だわ。俺、図太いのかな。それとも薄情なのかな」
「そんな事ないよ。急激な変化で、気持ちが混乱してるのかも。泣きたいなら泣いていいよ」
サーヤは気を遣った。
「いや、けっこう冷静に現実を見てるんだ。アルゴス様と話してた時は苦しかったけど、今は落ち着いてる。多分、今、一人じゃないからだろうな」
「え?」
「ありがとな、サーヤ」
「お、お礼なんて……。私も、同じだから……」
「そっか。お互い様だな」
まさか礼を言われるとは思っていなかったサーヤ。少し、頬が熱くなる。
(昨日会ったばかりの人なのに、もう仲良くなっちゃった。不思議だな。でも……嫌じゃない)
「明日、旅の始まりだろ? 体を休めるとするか」
マットウェルが立ち上がり、うーんと伸びをした。ずいぶんスッキリした顔をしている。
「そうね。マットも砂まみれだし、お風呂の用意をしますか」
「既に準備は出来ています」
「おぅっ、エクレー!」
いつの間にいたのか、エクレーが後ろで立っていた。手には二人の食後の食器が。回収に来たのだろう。
「ありがとうエクレー。お風呂の使い方、教えるよ。先に入って」
「え、良いのか?」
「必死に戦ってくれたでしょ」
そういわれると照れくさい。マットウェルは頭をがり、とかきながら隠れ家に戻ろうと歩き出したサーヤの後ろを着いて行く。
彼女のポニーテールにした黒髪が、柱の光に照らされて美しく輝いている。
(ちゃんと、守らねぇとな。今度こそ――)
そう考えながら、どこかにいるであろうジョシュとエイナの事を思った。
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