第24話 いってらっしゃい

 翌朝、マットウェルはまぶたに光を感じて目が覚めた。ここは隠れ家なので窓はない。しかし、確かに明るいのだ。まるで、朝日が差し込んできたかのような――。



「おはよーさん、マット。ちゃんと眠れたか?」

 がちゃりと器用に扉を開け、コルが入って来た。パタパタとマットウェルの肩に乗る。

「おはよう。大丈夫、よく眠れた」

 自分でも驚くほど、ぐっすり寝られた。いろんな事がありすぎて、感覚が麻痺してしまったのだろうか。スッキリとした頭で部屋をぐるりと見渡してみる。昨晩は、いろいろ考えていたせいか、周りを見ていなかった。だからこそ、今になって気付いた事があった。

「家の棚に敷き詰められてた本がなくなってたのは、隠れ家に移動させたからなんだな」

「今気付いたのか? ズローブルが襲ってくる確率が高かったからな。本や武器、道具は貴重品だ。粉々になる前に、全部こっちに入れたんだよ」

「確かに、家の中が空っぽだったもんな。あ、聞いていいか? 何で部屋が明るいんだ?」

 天井を見る。電球のような光源こうげんになるような物はない。

「柱の力ってヤツ。ずっと暗い中にいたら、時間の感覚もなくなるし、気分も落ち込むだろ? だから、明かりだけ太陽の動きを隠れ家全体に再現したんだと。熱まで再現したら部屋が暑くなっちまうからな。外の日の出と共にこの隠れ家も明るくなってくる。夜は真っ暗だと危ないから、それなりの明るさを保ってる」

 夜の隠れ家は、ギラギラとした明るさではなく、人も物もちゃんと見えるくらいのレベルだった。もっと明るくしたい時は、ランプを使えば事足りる。アルゴスが作り出したものを思い出し、マットウェルは感心しっぱなしだ。


「賢者ってすごい」


 マットウェルは、それしか言えなかった。



 キッチンへ向かうと、サーヤとエクレーが朝食を用意している所だった。焼けたパンの香りが腹の虫を騒がせる。マットウェルのお腹が大きな音を立てた。

「ふふ。おはよう。顔は洗った? 一緒に食べよう」

「おう」

 サーヤはいつもと変わらず笑っていた。少し目が充血して腫れていたが、マットウェルは気にせず、明るく返事をした。

「寝ぐせ付いてるよ」

「直らねぇんだよ。気にすんな」

 マットウェルの右側の髪の毛が逆立っている。鏡を見て気付いたのだが、水ででつけても、この反り返りは元に戻らなかった。

 何だか、平和な日常だと思ってしまう。現実は、魔族が虎視眈々こしたんたんとガイヤを侵略しようと爪をいでいるのに。


「ね、マット」

「ん?」

「私達、仲間になったんだから、いろいろ話をしよう。思い詰めて、一人で突っ走らないように、暴走したら止め合おう」

「そうだな」

 これからの旅は、何が起こるか分からない。増幅装置を賢者に渡して、ガイヤの力を強化する。それで魔族が退散してくれれば良いのだが、そう上手くいかないだろうと、サーヤとマットウェル達は昨日の戦闘を経験して感じていた。

 仲間の繋がりも強くしておかなくては、一人では決して任務をやり遂げる事は出来ない。仲間割れなどしてしまえば、魔族の思う壺だ。

「ご飯を食べる時は、笑顔で食べたいね」

「ああ。じゃなきゃ、飯がまずくなる」

 マットウェルの言葉を聞いて、サーヤは嬉しそうに笑った。




「食料とか、必要なものは、移動した先で調達しようか」

 サーヤがカバンを肩にかけながらエクレーと相談している。

「そうですね。今から町に行くと、時間もかかりますし、アルゴスの事を聞かれると厄介です」

 エクレーも頷く。

「厄介?」

 マットウェルは首を傾げた。それにコルが答える。

「アルゴスは、薬で町の奴らを助けてたんだ。お得意様も結構いてな。家の様子を見られてたら、今頃町は大騒ぎだ。状況の説明すんの、大変だろ? 魔族がここまで来たって知ってもパニックが起きる」

「町も襲われていたら、分かりませんがね」

 エクレーがぽつりと言った。

「なるほど」

 合点がいった。

「私も今は失踪した事にしとくよ。それじゃあ、師匠の所に行こう」



 外は曇り空だった。隠れ家の扉に鍵をかけると扉は消え、そこにはもう何もない。サーヤは鍵を本の中にしまった。この本もアルゴスが作ったもので、何でも本の中に収納できる優れモノだった。たくさん物を運ぶ必要がなく、出したい物の名前を言うだけで飛び出て来る。旅の必須アイテムだ。


 土の柱の前まで来たサーヤ達。柱は変わることなく、穏やかな光をたたえている。

「師匠は、しっかり手をつなげって言ってたわよね」

 サーヤは右手でエクレーと、左手でマットウェルとつないだ。少し照れくさかったが、アルゴスの言う事は聞かないといけない。コルはエクレーがしっかりと抱えている。

「行先は、金の柱だったよな。あの蓋を作った」

 マットウェルの言葉に頷くサーヤ達。


「師匠、準備は出来たよ。ちゃんと役目を果たしてくるからね。行ってきます!」


 柱が輝きだした。その眩しさに目を開けていられず、ぐっとつむる。そして、物凄い力で引っ張られる感覚。これが空間を移動するという事なのだろう。手をつなげと言われた意味が嫌でも理解できた。でなければ、全員が散り散りになってしまう所だ。




 ――いってらっしゃい――




 光の中、アルゴスがそう言って、サーヤの背中を押してくれた気がした。

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