第33話 装着

 きんの柱は、ディルンムットの家がある東側の森の中にあるという。


 もう太陽は山の方へと傾いており、空が赤くなりかけていた。鳥が上空を飛んでいく。住処へ帰るのだろう。


 入って来た所ではなく、奥まった所の茂みの場所へ向かうと、例のごとく、ツルや木々がガサガサと道を作ってくれる。しかし、太陽がもう当たらなくなっていて、だいぶ暗い。

「この木や茂み達はね、アルゴスが力を貸してくれたんだよ」

「そうなんですか!?」

 サーヤは目の前のアルゴスの力の欠片かけらを見つめる。ディルンムットは歩きながら話してくれた。彼の足音は、ガシャ、ガシャ、と金属が当たる音がする。

「町の人々が僕を追い出そうとしていたと言っただろう? 僕はどうしてもここから離れる事はできない。森を焼いた人達だ。僕に対しても危険な手段を取ってくると思ってね。恥を忍んでアルゴスに手紙で相談したら、種を送ってくれたよ。僕の認める人物しか入れない、結界用の植物だった。リリーシャのお父さんには、広場まで入られてしまったけれど」

「本当に、申し訳ないわ……」

 彼女は心底面目ないとこうべを垂れる。

「アルゴスの魂が柱に戻った影響もあるかもしれない。今まで強力に守ってくれていたんだ。隠れるのも潮時だという事だよ。サーヤ達が訪ねて来た事が、その証だろう」

「あの、師匠と交流があったのですか?」

「一番最近に会ったのは、魔界の穴を塞ぐ時だね。数十年ぶりだったよ。手紙のやり取りはずっとしていた。彼女だけじゃなくて、他の賢者とも近況報告とかね。でも、一番やり取りが多かったのは、アルゴスだったな」

 複雑そうな表情をしていたのはリリーシャだ。サーヤはピンときた。

「リリーシャさん、その手紙を勘違いしちゃいました?」

「そっ、そうなのよねぇ……。だって、手紙を大切に取ってあるから」




 ――ちょっと! この手紙は何!? 大量にあるけどっっ――

 ――これは賢者仲間だよ。これは中央のアルゴスだ。こっちは南の――

 ――アルゴスさんだけ、めっちゃ多いんですけど! はっ、昔の彼女との関係を切れなくて手紙だけでもとか!?――

 ――アルゴスは女だけじゃなくて男の部分もある両性の賢者なんだって――

 ――男女おとこおんなの賢者って何なのよおおおぉぉぉ!!――




「はは、確かに納得しにくいよなぁ」

 ディルンムットは苦笑しながら頭をかいた。

「かなり特殊な人ですから。お二人の事件を聞いたら、きっと爆笑したでしょうね」

「だと思うよ」

 アルゴスが腹を抱えながら大笑いしている様子は、簡単に想像できた。歩きながら、皆が表情を緩める。アルゴスの思い出がここにもあったという事がサーヤにとっては嬉しくて、エクレーとコルも笑っていた。

 マットウェルは、ふっと笑いながら空を見上げた。

「もうすぐ夜か……」

 昼と夜が交代する時間。星が一つ、きらりと光るのが見えた。




「もうすぐだよ」

 そんなに長く歩いていない距離。ディルンムットが言った。


 森の中の、ぽっかりと空いた空間に出る。リリーシャと会った広場に比べれば狭いが、その空間の真ん中に、透明な水晶のような柱が立っていた。土の柱と同じような形だ。高さは五メートルはある、太く大きい柱。六角形の単結晶。こちらも傷一つなく、美しいものだ。

「もっとキラキラ光ってるのかと思った」

 マットウェルが正直な感想を述べる。ディルンムットは、嫌な顔一つせずに答えた。

「光る時は、エネルギーを送り出す時だね。今は送り出した後だな。しばらく待てば、光るよ」

 ディルンムットが説明してくれた。

「柱がどういったものか、知っているかい?」

「アルゴス様から聞きました」

「そうか。ガイヤは、柱が一つでも折れてしまえば死んでしまう。世界にたった五本しかない柱は、互いのエネルギーをやり取りして、世界が生きる為に必要な力を補い合っているんだ。それが今、魔界の穴のせいで不安定になりつつある」

 ディルンムットが、柱をそっとなでた。

「恐れていた脅威が来てしまった。サーヤ、マット、エクレーにコル。君達は、ガイヤの希望だ。よく増幅装置を持ってきてくれたね。感謝するよ」


 そう言って、かちり、と装置を柱に触れさせた。


 途端に白い光が溢れ、柱を中心に広がって行く。夜になったばかりの西の国が、一瞬、昼間に戻ったようだ。サーヤ達は、土の柱の時と同じだと確信し、無事に取り付けられた事を喜んだ。さきほどまで透明だった柱が、白い光をずっとたたえている。


「師匠の柱は黄色に光ってたけど、ここは白いんですね」

「そうだよ。西を守護する柱の色は白。この増幅装置の石の色と同じだ」

 どの増幅装置をどの方角、どの賢者に渡せば良いかがサーヤ達には正直分からない所があった。だが、装置を良く見てみれば、裏にアルゴスの手書きで書いてあったのだ。その指示通りにサーヤは彼に手渡す事ができた。本当に助かった。



「この柱も強化できた。魔界の黒いもやも入り込んでは来られないはずだ。さぁ、戻って食事の用意をしようか」




 一行は柱を後にし、家へと再び足を向けた。

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