第55話 二匹の魔族

「はぁっ、はぁっ! お父さん、どこにいるのよ!!」


 町中を駆け回る。魔族と遭遇してはいけないので、建物の影や崩れた壁に隠れながら、リリーシャは父を探していた。






 ざら……。


 巨人のような魔族がちりかえる。ディルンムットとラフィは、ふぅ、と息を吐いた。

「ウルヴ、大きい奴だったから、助かったよ」

 ディルンムットが礼を言った。ウルヴのラフィは、彼を見る。

『そなたの力が減っているのは、あの子供の呪いを解いたからか?』

「バレてたか」


 ディルンムットは眉を寄せた。ラフィもマットウェルの体の事に気付いていた。初めて森でサーヤ達と出会った時、マットウェルだけに漂う人間とは違う禍々しい気配。友人であるアルゴスの娘が何食わぬ顔で隣に立っているのを見て違和感を覚えたが、仲間のようであったし、マットウェルはラフィに礼儀を尽くした。何か理由があるのだろうと、何も言わなかった。

 アウィスの卵騒動で再びマットウェルを見た時、彼の魔族の気配が薄れていた。そして、反対にディルンムットの力が減っていた。これがどういう事か、想像するのは容易い。


『見れば分かる』

「マットは我々の希望となってくれるはずだ。彼への期待もめて、僕が出来得る最大限の事をしたつもりだよ。後悔はない」


 ディルンムットの力は、実はかなり呪いの解呪と強化で削がれていた。マットウェル達には言わなかったが、ディルンムットは一人で魔族を相手にする事が危ういくらいだったのだ。森を出て最初に魔族を相手にした時は、マットウェルが共闘してくれたので助かった。町に入ってからは、ラフィが町の人間に誤って攻撃されないようにと彼女の後を追ったが、ディルンムットの力の弱さがバレないようにしたかったという理由もあった。


「こんなだけど、サポートはちゃんと出来る。次に行こう。まだ魔族の気配がする」

『ああ』


『母さんっ!』

 ラフィの子供の一匹が、母親の元へ走って来た。

『どうしたんだい?』

『早く来て下さい! 兄さんが!!』

『!』

 焦っている息子を見て、ただならぬ事が起きていると悟ったラフィとディルンムット。彼はラフィの背に乗り、先導する息子の後を急いで着いて行った。



「これは……」

 ディルンムットは言葉にならなかった。素早くラフィの背から降りる。

『息子を返せ!』

 ラフィは目の前の魔族に襲いかかった。


 目の前にいた魔族は、二体が一つに混じり合っていたのだ。ドロドロの泥の体が崩れたり形を成したりする気持ちの悪い魔族と、大きな黒い狼のような獣の魔族。白い毛色のラフィと正反対だ。

 その二体の魔族は、上半身が狼、下半身が泥になっていて、うまく動き回る事が出来ないようだった。それが幸いしていた。しかし、泥は体を伸ばして遠くにいる標的を捕食し、狼の方も爪が届けば迷わず切り裂いている。

 厄介であることに変わりはなかった。ラフィの息子は泥の方に捉えられ、高く持ち上げられていた。


『がはっ!』

 ミシッ。嫌な音がして、息子は口から血を吐いた。


 狼の魔族の前を通り過ぎるラフィ。素早く魔族の腕が伸びてきて、鋭い爪が彼女を狙う。ディルンムットが体から鉄を伸ばして爪を弾き、ラフィを守る。狼はすぐに標的をディルンムットに変え、爪を向けて来た。


 ガァンッ!!


 鉄の帯を押しのける。爪が鉄を貫き、ディルンムットは帯と体がまだ繋がっていたので、共に吹き飛ばされてしまった。瓦礫の中に突っ込む。

「っつ……。なんて力だ……」

 鉄の体を持つディルンムットを軽々と飛ばすのだ。相当の馬鹿力。石をどけて立ち上がる。休んではいられない。自分の出来る事をしなくてはと、鉄の帯を再び出し、狼の魔族の体に巻き付けた。

「ぐっうぅっ!!」

 鉄の帯は上半身を締め上げる。腕を封印し、大きな牙を出させないよう、口にもしっかりと巻き付いた。身じろぎをして、帯を解こうともがくが取れない。その隙をついて、ラフィの息子が狼の魔族の目を潰しにかかる。

 狼の魔族もただやられているわけではない。

「うっ!」

 大きな巨体をよじるので、ぎしっ、と踏ん張るディルンムットの体も悲鳴を上げた。

『がああっ!!』

 ラフィの息子がその爪で魔族の目を狙う。狼の魔族の目から血が吹き出した。

「う゛う゛う゛ぅ!!」

 痛みにのたうち回ろうとするも、ディルンムットに押さえ込まれているので、うまく動く事が出来ない。口にも鉄の帯が巻き付いているので、満足に叫ぶことも出来なかった。

『両目、潰してやる!!』

 ラフィの息子が爪を出した。



『くっ、もう少しなのに!』

 ラフィは泥の触手に阻まれ、息子の元へまだ辿り着けていなかった。泥の体の至る場所から伸びて来る泥の手。かわす事で精一杯。目の前に大事な息子が、体を締め上げられ苦しんでいるのに、助けに行けないのだ。


 ばきっ。

『あああああああっ!!』

 また嫌な音がした。徐々に、息子の体が泥に覆われていく。悲鳴が響いた。

『やめろ……。やめろおぉぉっ!!』

 ラフィの悲痛な声。ラフィのスピードでさえ、泥の魔族の前では無力だった。形があやふやな者だからこそ、攻撃が読めない。触手が伸びて来る。ラフィの後ろ脚をとらえる。

『!』

 動きが止まれば続けて泥がどんどん体に絡まり、彼女も圧迫される力に、呼吸が困難になってくる。

 ぎしっ。

『うぅっ!』

 呻く事しか出来なかった。


「ウルヴ!!」

 ディルンムットが呼ぶが、反応できないラフィ。彼も狼の魔族を抑えているので、身動きが取れないのだ。

「どうすれば――」


「うおおおおおりゃあああああっ!!」


 ガラガラガラガラ!!!!


 上から屋根の瓦、壁のレンガ、岩などがたくさん降って来る。


「!?」

 ディルンムットが突然聞こえた声の方を見た。

「マット!!」


 屋根の上から落ちて来た瓦礫の山。それは、マットウェルがかき集め、強化された腕で一気に落としたものだった。

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